GLN「鹿角の温故知新への旅・鹿角先人列伝一覧」

工藤利栄(としえい)

 「狼が遺したもの」の著者。

参考(出典):「狼が遺したもの」
 
△狼が遺したもの はじめに
 平成一四年、秋田県鹿角市(かづのし)職員を定年退職、雑用に追われ漫然と日を送っていた私だが、 ある日『鹿角市史』全巻(七巻)を読んでみることを思いたった。
 馬頭観音と手打ちソバで知られる鹿角市の芦名沢に生まれ育った者として、芦名沢に関する『鹿角市史』 の記述には興味をそそられた。特に、心を惹かれたのは第二巻上で、狼倉(現在の不老倉フログラ)に「おいのくら」 とふりがながあるのを見て「オイノ」は、子供の頃に見た「オエノまつり」に関連があるのではないかと思ったことである。
 
 この「オエノまつり」について、市史編纂室に居られた安村二郎先生とお話しする機会があったが、 先生から「珍しい民俗行事であるので、書き留めておいた方が良い」とご教示いただいた。
 数ケ月も経ってから、ようやく重い腰をあげて調査と資料収集にとりかかったが、調査するうちに、 これらの民俗行事は、かなり高齢の方々でも記憶が薄れつつあり、今、誰かが書き留めなければという思いが 強くなった。それにまた、狼に関する書籍は様々あるが、ほとんど動物学的な観察記録で、狼が民衆の間に遺した 民俗行事について、広範な視点で記録したものは、私の知る可義理では無いようである。
 
 過去の郷土史家が、狼に関する著作を遺した時代と違い、現在は広範な情報をインターネットで入手できる メリットがある。図書館通いや現地取材などをしながら、資料収集を進めるにしたがって新たな発見があり、 さらに、それについて調査するという作業を繰り返しているうちに、あっという間に三年もの月日が流れてしまった。
 
 「オエノまつり」は、狼を畏れ、祓い除けるための行事であるが、一方では、狼を「山の神」の化身と考え、 農作物の害獣退治や盗難・火災除けの神として崇めている地方・地域もある。 狼を神のお使いとして崇めている三峯神社(埼玉県)の信仰は、北東北でも広く行なわれていた。
 今、人々の記憶の中から完全に消え去ろうとしている狼に、先人がいかに苦しめられ、また一方では、神に崇めて きたかを書き留めることによって、狼に食い殺された人々と、絶滅してしまった狼への鎮魂歌になればと願っている。
 
 これをまとめあげたのが偶然にも、戌年の平成一八年になってしまい、折りしも「秋田魁新報」には、 『日本犬の歴史を探る』が連載され、『絶滅種・ニホンオオカミ』の記述もあった。 二月には上野動物園で、国内に三体しかな遺されていない剥製(はくせい)のうち二体を展示して「絶滅したニホンオオカミ展」 が開催された。残る一体は、同じ上野の「国立科学博物館」に展示されているので、上野で三体すべてのニホンオオカミの 剥製を見ることができた。
 
 この調査の総仕上げのつもりで、二月二四に動物園の展示会場を訪れたが、多くの参観者で賑わい、剥製の前で熱心に メモをとっておられる方々もいた。同じ日に国立科学博物館も訪ねたが、平成一六年一一月に全面改築工事が完成した同館は、 小中学生や高校生でごった返していた。ここでも展示していたハイイロオオカミの前で、女子高生が 「あっ! ハイイロオオカミだ!」とカン高い声をあげているのを聞いて、「オオカミ」は、未だに人を引き付ける何かを 持っていることに、今さらながら感心させられた。 絶滅したと言われるニホンオオカミであるが、新聞に連載され、あるいは、特別展示イベントの対象となるなど、 多くの方々が関心を持っておられる様子を見て、今どき、狼のことを書いている自分も、変人扱いされなくて済む のではないかと胸を撫で下ろした。

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