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政子姫の織った羽毛の織物考

△鹿角のゼンマイ織り
 
 「ゼンマイ織り」の現物とはどんなものかは、自分はまだ分らない(見たことはあっ たかも知れないが……)。聞くところによると、ゼンマイ織りは結構上質の織物で、い わゆる「よそ行き」の衣装であったらしい。山形県のある地方では昔、裕福でない世帯 で死者を葬るとき、せめてもと、ゼンマイ織りで亡骸をおおったものであったという。
………
 さて、松館(鹿角市八幡平)には、明治生まれの「生き字引」である下田初雄翁が健 在である。下田翁とは、菅原神社の祭典のときとか、毎月の天神講のときなどで、お会 いすることがある。
 あるとき、車中ではあったが、「ゼンマイ織り」のことについて、次のようなお話を 伺った。
 
 昭和の初め頃のことであろうか、屋号中村(現佐藤久治氏宅)に佐藤亀太郎氏という 方が居られた。亀太郎氏は国有林野の管理のことに従事され、その頃、山形県北部の、 確か「及位(のぞき)」(秋田県との県境付近)という所の官舎(事務所)に住んで居 られた。
 その辺りは山深く、ゼンマイなどの山菜がよく採れたらしく、「ゼンマイ織り」が盛 んに織られていた。下田翁が遠路わざわざ山形の亀太郎氏を訪れたときには、ゼンマイ 織りのことなども、よく話されたたという。
 その後亀太郎氏は各地に転勤となり、やがて県南の仙北(生保内か)辺りの官舎に住 んで居られた。そこでも矢張りゼンマイ織りについて、いろいろと研究されていた。亀 太郎氏はゼンマイ織りを普及すべく、松館の兄夫妻などもよんで、何日もかけてゼンマ イ織りの技術を習得させたという。後に、鹿角辺りでも、この技術が広まり、ゼンマイ 織りが方々の家で織られるようになったようである。
 
 因みに、出羽(山形・秋田)では、古くから「ゼンマイ織り」が織られていたので、 一般的な織り方を記してみたい。
 経糸(たていと)には絹糸(ときには木綿糸)、緯糸(よこいと)には真綿とゼンマ イの綿毛で紡いだ糸を用いる。
 まず春に採ったゼンマイの綿毛を天日で干した後、一旦蒸して、また乾燥させる。乾 燥させたゼンマイの綿毛と真綿とをほどよく混ぜて綿状にする。必要によって、これに 水鳥(白鳥など)の羽毛を混ぜることもある。この綿状のものを糸車を用いて糸に紡い で緯糸とする。
 このゼンマイ織りは、防虫、防水、保温などに優れているという。必要により草木染 を施すこともある。 H18.3.29 SYSOP

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