「鹿角」
 
△六 鹿角温泉巡り 大湯温泉、湯瀬温泉、フケ温泉、砂子澤冷泉
 奥羽脊梁火山脈の背上に跨る鹿角郡は、天然の温泉に富める事鉱山に譲らない、其中 最も有名にして交通の便あるを、
<大湯温泉>
とする、此地は、来満峠を経て、青森県三戸郡に通ずる道路の咽喉に当り、不老倉鉱山、 十和田湖に達する要衝を占め、殊に近来小坂駅及び毛馬内駅より自動車の定期運転が 開始された為め、一層繁昌の度を増し、四時浴客を絶たない。
 
 「上の湯」は摂氏七十三度、アルカリ性に微の鹹味と硫化水素を含み、無色透明にして、 湯量豊富である、此の湯の所有者たる千葉旅舘の庭園は、最も著名であって、遠く来満の 翠巒スイランを取り入れ、近く林泉の美を尽し、尺余の鯉魚清漣の内に嬉戯して居る、 此の景を前にして鯉の羹アツモノに浴後の一酌は、人をして全く羽化登仙の思ひあらしむるの である。
 
 「下の湯」(龜屋旅舘)は摂氏六十九度、成分は上の湯と大差ないがリョーマチス、各種 婦人病、胃腸病に特効があると称されて居る、此湯は、大湯の開発に全力を傾注さるゝ 諏訪富多氏の所有であって、和井内貞行氏の令弟木村氏の経営に当って居る丈け、私設万般 毫もぬかりなく、石造の浴槽清潔にして、庭園の風致又旅情を慰むるに足る。
 
 「河原湯」は摂氏七十度五分、特に皮膚病に効能著しいと云ふ、此処には村営に係る 共同浴場があり、附近に高島屋旅舘、近藤旅舘等があって、皆内湯を備へ、平民的に親切 なる接客法は、大に好評を博して居る。
 
 「荒瀬の湯」は別に岩の湯とも云ひ、十和田街道に沿ひ、大湯川の対岸にあり、湯量 豊富、効能顕著を以て、特に浴客を引いて居る、小坂鉱山大湯倶楽部、丸井旅舘があって、 懇切に浴客を取扱って居る。
 
 秋田方面廻りの十和田遊覧客は、殆ど此地を通過し、又青森方面よりする遊覧者も、 帰路を多く此の方面に採りて、旅塵を洗ふを常とするを以て、夏季は殊に旅客の雑踏を見、 一般旅宿の設備、接客の方法等も着々改善され、殊に目下、下の湯附近に建築中の旅舘 「大湯ホテル」は、諏訪富多氏が社会奉仕的の経営に係り、落成の暁は、貴賓大官の 宿泊にも事欠く事なく、層一層温泉地としての面目を一新するならむと期待されて居る、
 近来集宮発電所に水を引く為めに大湯川の左岸に、美事なる堤防成り、其上を散策すれば、 涼風衣袂を払って起り、夏季の苦熱何処にあるかを知らない。

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