「鹿角」
 
△五 鹿角と特産
<ラヂウム鉱泉、湯の花>
 仏国の一婦人キューリー氏の手によってラヂウム放射線の発見せられて以来、是が医療 上の効能の大なるを認識せしめ、鉱物元素として之に応用し、或は溶解分量の多寡により、 温泉の薬効に関連する所深甚なりと為し、学者の研究も特に力を注がれたの如き感があった。
 茲に記さんとするラヂウム鉱泉湯の花は、鹿角と仙北との郡境なる焼山嶽の麓に湧出する、 摂氏百〇五度の熱度と、湧出量の多量を以って本邦第一と称せられて居る鹿湯シカユ温泉の 特産である。
 
 鹿湯は延宝年代の発見であって、従来治療方法無き痼疾、如何なる重患者と雖も、此の 温泉の気体気温に触れし者は、忽ち全治すると云はれ来った不可思議の霊泉であった、然し 乍ら所在地は山道険悪、鳥すらも尚通はぬに似た場所であれば、古来人跡を断つこと久しく、 通路は殆んど前人未踏の有様である。
 茲に本泉管理者たる花輪町根市留次郎氏は、通路の開拓、浴槽設備等の設備を為すと共に、 霊泉の沈殿物、則ち湯の花を採取して広く販売したのであった。
 
本鉱泉沈殿物は、稀世の新元素ラヂウム鉱なるを発見せられ、現地帯研究の為、神保理学 博士、上巨智部理学博士、相踵いで実地踏査ありて、当鹿湯に産する沈殿物は、台湾北皮 温泉のラヂウム鉱と同質にして、産量の多大なると、其放射能作の著しき性状は、日本第一と 公論せられたのであった。
 内務省衛生試験場の定量分析の成績によれば、酸性泉に属し、医治効用の概要として劇性の 粘液漏、慢性カタル、癩病、梅毒性潰瘍、疥癬其他慢性皮膚病等を挙げられた。
 東京を第一に、所謂薬湯として用ふる湯の花は、多く此の鹿湯産のものだと云ふ、やはり 花輪の名物の一たるを失はない。

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