「鹿角」 |
△五 鹿角と特産 <マルメロと其の缶詰> 名物を紹介するとして、鹿角に於て欠くべからざるものに、マルメロと其の缶詰がある。 昔から名物にウマイもの無しとか云ふけれど、之はウマク無い為めの名物なのでなくて、 誠に珍稀なるが故にの名物であるとしたならば、名物とするに何人も異存のある筈が無い。 由来マルメロは野生の植物であり、我国に於ける分布の状況よりして、或は鹿角を以って 原産地と見做し得る確証が幾多もある、最も多く栽培されて居るは、郡南宮川村の山間部であり、 古老の言に聞いて、数百年間も生長したと思はれる樹の、所々に見受けるも珍らしくはない。 種類は早晩二種、如何なる地にも生育するけれど、湿潤の土地は生長結実収穫等、 総べての点に於て良好の成績を得る、顆形は西洋梨をマルメロ形と云ふ如く、壜状にして不整、 細長ではない、果実の成熟期は晩秋であって、冷気を頗る必要とする所を見ても、原産は南国 ではあるまいと思ふ。 秋霜に逢って完熟したマルメロは、濃黄色を呈し、芳香馥郁、独特の、然も強烈な匂ひ、射る如く 迫るものがあるから、香味原料としてはレモン水等到底及ぶ所でない。 マルメロ缶詰は、実に之を原料として加工製造したものである。 今を距る三十余年の昔、花輪町東山堂主人木村徳次郎氏がマルメロの砂糖煮を試みたるに創まり、 次いで之が栽培者として有名なる同町養齢堂主人關久兵衛氏が、技術者として伊藤吉助氏を 招聘して缶に詰め、広く販路を求めたるに依り名声を博し、本郡の特産とはなったのである。 香気芳烈、甘酸其度を得、滋養に富み、殊に喫茶、酒間の好伴侶たるのみならず、病者の 嗜好に適し、啖咳の妙薬として歓迎せられて居る。 近年に至り需要殊の外多く、広く□田中商店、淺利佐吉、關安治氏其他宮川村産業組合に於ても、 大規模の設備をなして製造し、京阪は勿論、遠く北海道方面に迄移出して、好評を得るに至った。 最近マルメロ蜜を製造して高尚なる飲料たらしめ、販売を試みたるに、是又有望なりと謂へば、 他に尚幾多の加工製造の方法もあるべく、マルメロは実に本郡の特産として誇るべきものゝ一で なければならぬ。 |