「桑の實」
 
闇夜ゆく星の光りよ己れだに
  せめては照せ武夫の道

今はたゞ呼出の声まつほかに
  待つべきもののなかりけるかな

累代の関家絶ゆとも斯の道の
  一筋道を譲りてゆかん

はらからも家も妻子もひとすじの
  斯の一道に捧げて生きむ

吾がうからやからをあげて一筋に
  仕へざらめや吾が大君に

千早振神のみことをかしこみて
  いざ征でゆかむ戦さの場へ

烈しとふ戦さの場を戀ふるなり
  み盾と散らん男児なりせば

ほほずりもくちづけもせむかい抱く
  このたまゆらをいかにか吾がせん

大君のみことかしこみ顧みず
  征くとふ児らにさわりあらすな

千早振神もうべのへ集ひ寄る
  此の児らをきてひとはあらずと

大君の辺に死ぬる身はかかるぞと
  山征け野征け若き男児ら

防人と今か起たすぞ若人ら
  海越えて征け山越えて征け

征けや征け征きて戦へみかどべに
  散るをうれしびたゞに征くべし

肉群(ししむら)の一つだに生きてあらんとき
  ままにはさせじ醜のあめりか

〔支那事変七周年記念日を迎へて〕
七度と過ぎにしひとも言ひにけり
  心深くも此の日忘れず

地の果ゆ白雲は湧く七年の
  むかしもかくと湧き出でしものか

天地はめぐりめぐりて再びや
  忘れ得ぬ日を亦も迎へけり

七度とのどには言はめやつましくし
  耐へにしいのち今に生くるを

千萬のむくろ乗り越え往く道の
  彼方や今も光りありけり

今を生くるこれの現実(うつつ)の激しくも
  花愛(いと)しまん心忘れず

再びをめぐり来るか来む年も
  涼ろき緑陰(かげ)に薯の苗みつ

人言のしげみこちたしさもあれど
  吾は来て看む薯の幼苗

これやこの死ぬも生きるも一筋に
  御國に盡す益良夫の道

國民の祈り拙きゆえにかも
  御軍死なしむ南の海に

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