「桑の實」 |
わたくしに吾子安らかれと祷るには あらずよたゞに大君のため むらぎもの國想ふこころ一筋に 生き給ふかもたらちねの母は 夢にみる母のみすがた尊かり 足さすりつつ母を想へる 激しかる戦習ひの最中(さなか)にも 想ひは走る留守居する母へ 年月はむなしくふりぬ桑の實の 色づく頃に亦も遭へるかも 桑の實のつぶら太きを喰みにつつ ふるさとの母を吾が想ふかな 吾子みたさ会ひたさゆえにはるばると 長路旅せしその母あはれ 真夏日の暑さいとはず老ひし身に 旅せしものをあはれ吾が母 相みらばかもかもせむと思ひをれど 如何にか吾がせむ時の短かさ 許されし時の短か間たらちねの 母はさすり給ふその児の足を みじかきを歎くにはあらねたらちねの み心哀し泣かざらめやも みじか間は何語るべき足もまし 母は泣き給ふ泣くべかりけり 狷介のわれにはあれど父母おもふ 吾がこのまことひとにおとらじ 狷介のわれにはあれど吾が父母は 吾をたよりぬありがたき哉 月読の光も淡きさ寝床に 手掌あはせて泣きぬ父母の情を 春雨に小柳の芽のしとしとと たらちねの祖母は死に給ふなり 一年は耐ゆと言ひしに如何なれば 早や逝き給ふたらちねの祖母は いっときを待つたで逝きけるおほははの 冷き唇(くち)に水含ますも 吾が國は神の裔なり神祀る 昔のてぶり忘るなよゆめ みたみわれおのれおどろくわがうちに 天津日嗣は神づまります 日の本の道やおとろふ日々にして おとろふみつつ嘆かふ我は 現身はよしほろぶともいのちこそ 永久に生きなむ大君の辺に 吾が大君ゐますとおもふ此の想ひ 吾が悲しみは物の数ならず 君が代を想うこころのひとすじに 吾が身ありとはおもはざりけり |