「桑の實」 |
酌むべきは大和の酒と誰が言ひし 母の涙を尚酌まずして そらにみつ大和すみ酒濁り酒 味忘れたり母の涙に 狷介の吾が半生はたらちねの 母の涙に今洗はれつ 激しかる児の性(さが)故にいくたびぞ 枕濡らせしやその児の母は 白雪はかなしからずや現身の 吾が拙きを今日も歎きつ 頑なのこころはとけじかにかくに うすくれなひに花は咲けども ほの暗き灯びの下に涙しぬ 日頃気負へど吾が貧しきに 拙なかる吾が現身やあはれあはれ 母想ふ想ひ吾がしみらなり 酒戀ふる謂にはあらね現身の 悲しきあまり酔ひ泣きやせし 五月(さつき)陽(び)のぬくもり淡き夜の更(くだ)ち 足しびれきて此の夜ねむれず 小夜更けて戦友の寝息のすやすやと しヾまにこもりさぶしくもあるか 夜深し足しびれけり床の上に 足をさすりて母を想える 他人様におくれとるにはあらずよと 諭しし母の御言忘れず みさとしの御言畏しさもあれど 足進まざる悲しかりけれ 古へのひとに吾ありやしかすがに 散りゆく花をみればかなしき 辛きとき悲しきときはたらちねの 便りくり返し吾が読みてをり たらちねの文よむ毎にうれしもよ 何とも知らぬ雄心湧くも ふるさとの便り嬉しもたらちねの 母君の御躰の安けきを想ひて 天地の如何なる神に祷ればか たらちねの君の御躰癒え給ふ たらちねの母君を想ふしくしくに いたヾきしふみに涙たらしつ たらちねの母のたよりのたどたどと などかくまでに吾を泣かしむ |