75 赤沼さまの大蛇と娘(八幡平)
参考:鹿角市発行「八幡平の民俗」
昔ある処に三人の娘を持っていた百姓が居た。耕していた田こは、沢にある田のため、
ある年、毎日の日照りで、田の水が切れてしまった。これは困ったことになったと言っ
て、毎日見回りをして水を入れていたけれども、終いにはすっかり切れてしまった。そ
うしたらこの百姓は、その沢の上流にある赤沼様に願ガンをかけることにした。赤沼様と
は、底の赤い沼こで、そこに神様があったのであった。百姓は、
「なんとかして俺の田に水が入るようにして下さい。そしてそのようにして下されば、
赤沼様の言うことは何でも聞くので、田に水を入れるようにして下さい」
と拝んだ。
次の朝間になって見たところ、本当に有り難いことに田に一杯水が入っていた。百姓
は大いに喜んで、
「良かったな良かったな、赤沼様」
と拝んだら、赤沼様は、
「お前の言う通り水をやったために、その代わりお前の家の娘こを俺に嫁にくれ。お前
は何でも言うことを聞くのでと言ったろう」
と言ったのであった。百姓はびっくり仰天してしまった。そうではあるけれども神様に、
そのように言ってしまったために、どうにもしようがないと思って、家へ帰った来たけ
れども、娘達に言わないで、どんと寝床をとって寝ていた。
そのうち晩方になったら、姉娘が心配して、
「爺様どうしたのか、まま(ご飯)も食わないで。起きて晩御飯食べたら良いのに」
と言うと、
「お前が俺の言うことを聞いてくれれば起きる」
「何のことか」
「俺はな、赤沼様に願をかけて、田に水を入れて貰ったのだ。そうしたら赤沼様にお前
の家の娘こ一人嫁にくれろと言われたので帰ってきた。お前が行ってくれないか」
と言った。そうしたら姉娘は、
「それならばとても行けない、俺でないようにしてくれ」
と逃げて行った。
百姓が困ってしまって、またどんと寝ていたら、中の娘がまた心配してやって来た。
「爺様爺様、起きてご飯を食べたら良いのに」
そこで爺様は、ことの訳を話して、
「お前が嫁に行ってくれないか」
と頼んだ。けれども中の娘も、
「それならばとても行けない、俺でないようにしてくれ」
と逃げて行った。
百姓は困ってしまって、またどんと寝ていたら、今度は末の娘が来た。
「爺様爺様、起きてご飯を食べたら良いのに」
と言うと、百姓はまたことの訳を話して、
「お前が嫁こに行ってくれないか」
と頼んだ。そうしたら末の娘は、
「それならどうしようもない、俺が行っても良い」
と言った。そして、
「そしたら俺に針千本と、火の出る玉を買ってきてくれ。俺はそれを持って行くために」
と言った。
百姓はそれを聞いて、いくらか安心して、町へ行って、針千本と火の出る玉を買って
きた。
そして次の日、その末娘を送って赤沼様の処へ行った。そうしたら赤沼様は、嫁この
来るのを待って待って、大きな蛇の姿を現して待っていた。百姓はびっくりして、恐ろ
しがっていたら、娘は、
「爺様よ、何でもないのでお前は先に家に行け」
と言うので、どんどん逃げて先に帰って来た。
娘は、大蛇が側に寄って来ると、沼の中に火の出る玉を一気に投げた。そうしたら沼
の水がボヂボヂと煮たってきた。大蛇は、熱がって沼から上がってきたために、今度は
針千本をバラバラァと撒いた。その針は、大蛇がくねぇくねぇと動けば、皆体に刺さっ
て、大蛇は痛がって、そこいら中に血を流して苦しがっていた。そうしているうちに娘
は、どんどんと山の下の方へ逃げた。大蛇は痛がっていたが、今度は追いかけてきた。
娘が山の下まで来たら、一人の婆様が居た。婆様はそれを見て、
「ああ、これを着れこれを着れ」
と、自分の着ていたおんぼろの「おばかわ」を脱いで、娘こに着せてくれた。そして、
゜早く逃げろ速く逃げろ」
と言うので、娘は「おばかわ」を着て、杖を突いて、婆様に化けて一の渡りの橋を渡っ
て、小豆沢の方へ逃げた。大蛇は娘を見失ってしまって、山の方へ戻って行った。
娘はやっと小豆沢まで逃げて来て、上の村の「かどの頭」の家に行って、
「何とかして、俺を釜の火焚きでも良いので、置いて(住み込ませて)下さい」
と頼んだ。そしてそこで稼ぐことになって、毎日、いっぱい飼っている馬この飼葉を作
って、とな殻(豆殻)とか小豆殻とかを釜で焚いていた。娘は釜焚きしたり、何か稼い
だりする昼間のうちは、あの婆様から貰った「おばかわ」を着たままなので、あんまり
汚くて、夜寝るには家の中に入らなかった。しかたがないので庭(土間)の稲部屋の隅
こに寝るのであった。
毎日とな殻や小豆殻を煮るとき、こぼれた豆とか小豆とかを一つ一つ拾って貯めてい
た。そしてそれを売って、小さいランプと本を買って、毎晩みんなが寝てから勉強をし
ていた。
ある晩、ここの家の息子が夜遊びから帰ってきたとき、稲部屋に灯りこが点いていた
ので、こっそりすき見したら、綺麗な娘が本を読んでいたために、びっくり仰天した。
化け物だろうかと思って、また次の晩もすき見したら、やっぱり綺麗な娘こだった。娘
は、夜になると「おばかわ」を脱いでいたのである。そのため息子はこの娘を嫁に欲し
くなって欲しくなって、終いにはご飯も食べないで、起きて来なくなった。
医者を頼んでも効かないし、誰がご飯を持っていっても食べなかった。終いには、
「おばかわ」を着た婆様がご飯を持っていくことになった。そしたら娘は「おばかわ」
を脱いで、ご飯を持っていった。そしたら息子は今度は、でろでろとご飯を食べた。そ
れで家の人は、
「この娘なら、息子もご飯を食べるので、何時までも世話して貰うに一番良いな、嫁こ
に貰おう」
と云うことになって、娘の身元をただして、娘に良い着物を着せて、人力車に乗せて、
娘の家へ嫁貰いに行った。そしたら家に居た姉娘と中の娘達は、大層羨ましがった。そ
してみんな、
「やっぱり親の言う事を聞くもんだ」
と言っていた。どっとはらえ。
[次へ進む]