71 石の堂の狐(毛馬内)
 
                 参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
 
 昔、あったのです。
 毛馬内の町に平兵エヘイベエと云う男が居て、ある日、荒川アラカワの村へ用があって、朝早
く出掛けました。
 石の堂と云う小山の麓フモトまで来ると、一匹の狐が朝日に暖アタって居眠りしていまし
た。
 平兵エは、一つ脅オドかしてやろうと、手頃テゴロの石を投げたら、狐は肝キモを潰ツブし
て五、六尺も飛び上がって逃げて行きました。
「ああ、いい気味だ」
と平兵エはそれから道を歩きながら、「もしお金を拾ヒロったら、何の商売をし、もしこ
れ位拾ったら商売の元手モトデにしよう」と考えました。
 さて、荒川の村での用事が済んで、日も暮れかかった道を帰って来ると、財布サイフが落
ちていました。拾って開けて見ると、中にたんまりとお金が入っていたので、大喜びで
した。
 
 「今朝、思ったことが天に通じたんだ」と一人言を言って、懐フトコロに入れて帰りまし
た。石の堂の下まで来ると、山の上から、
「平兵エや、平兵エ、それは銭ゼンコでないぞ」
と言う声がしました。平兵エはぞっとして、懐から財布を取り出して見ると、何と財布
だと思ったのは木の葉で、お金と思ったのは、未だ暖かい糞クソでした。
 平兵エは、狐を驚かしたので、仇カタキを取られて、すっかり懐の中を汚してしまいまし
た。
 どっとはらえ。

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72 山梨もぎ
 
                 参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
 
 昔、あったのです。
 ある村に、太郎と次郎と三郎と、母オッカァと四人で仲良く暮らして居ました。
 そうしたらある時、母が重い病気に罹カカってしまって、幾ら医者に見せても、医者も
首を傾カシげるし、誰もどうにも出来なくなって、段々母が死ぬのを待つばかりになって
しまいました。そうしているうちに、母に、
「母ぁ、何か食いたくないかい」
と聞いたら、母は蚊カの鳴くような小さな声で、
「山梨を食いたい」
 
 そこで太郎は、
「よし、それでは俺オレは山へ行って、山梨を採って来てやるから待っていろ」
そう言って、山へずんずん、ずんずん入って行ったら、大きな岩の上に山姥ヤマオバが腰を
掛けていて、
「太郎、何処ドコへ行くのかい」
と聞きました。そうしたところで太郎は、
「はい、山へ山梨をもぎに行くのです」
「山梨をもぎに行くには、何処だり(闇雲ヤミクモ)に行っても駄目ダメだから、俺オレが教え
た通りに行けよ」
そう言って、山姥は行く道をよく教えました。太郎は、
「はい」
と返事をして、どんどん、どんどん行くうちに、でろっと忘れてしまいました。忘れて
しまって行くうちに、道端に笹っこが三本立っていて、
「そっちへ行けよ、カサカサ」
「こっちへ来るなよ、カサカサ」
と鳴っていたけれども、太郎はそれも聞かないで、どんどん入って行ったら、鳥っこが
木の上に居て、
「そっちへ行くなトントン、そっちへ行くなトントン」
と鳴いていました。太郎は何も構わないでズンズン行ったら、ふくべっこ(瓢箪ヒョウタン)
がぶらんぶらんと成っていて、
「そっちへ行くな、からんからん」
「そっちへ行くな、からんからん」
と鳴っていました。太郎はなおずんずん入って行きました。
 
 そして、何日待っても戻って来ないために、今度は次郎が入って行きました。次郎も
何日経っても戻って来ないために、いよいよ今度は三郎が行くことになりました。三郎
も矢っ張り山へずんずんと入っていったら、矢っ張り山姥は、大きな岩の上に腰を掛け
て、
「三郎、何処へ行くのか」
と大きな声で聞いたものであるために、三郎も、
「はい、山梨採りに行くけれども、太郎も次郎も戻って来ないために、迎えに行くとこ
ろです。そして、山梨を採って来るところです」
「そしたらば、俺が行き方を教えるために、俺の言うことを聞け、俺の言うことを聞か
ないと、ああ云う風に戻って来られないのだから」
 
 山姥は三郎に、行く道の行き方を教えて、そして刀を一本呉れました。その刀を持っ
て、ずんずん行ったら、矢っは張り笹が三本立っていて、
「そっちへ行くなじゃ、カサカサ」
「こっちへ来いじゃ、カサカサ」
と鳴って居ました。三郎はよく音を聞いて、こっちへ来いじゃ、かさかさと言う方へ、
どんどん入って行ったら鳥っこが居て、
「こっちへ来いよ、トントン」
「こっちへ来いよ、トントン」
と鳴いて居ました。それから、ずんずん入って行ったならば、今度ふくべっこが、
「こっちへ来いじゃ、カランカラン」
「こっちへ来いじゃ、カランカラン」
 と鳴いていたのでした。それをずんずん行ったところ、大きな沢があって、其処ソコか
ら赤い椀ワンがどんぶらっこ、どんぶらっこと流れて来てありました。その椀を拾って、
そして行ったら、今度は大きな沼があって、その岸へ山梨の実が沢山成ってありました。
山梨たちは風が吹く度タビに、
「南の側ガワあぶないぞ、北の側ガワかげうつる。こっち側から登ればよい」
と歌っこを歌っていました。
 三郎は、「ははぁ、南と北はだめだな。そうすれば、こっちから登ればいいな」と、
山梨の木へ登って、山梨を沢山採りました。
 
 そして、もうこれ以上採られないために、「やれやれ良かった、さあ下に下りよう」
と思って、そして下りる途中、沼の方へひょいと回ってしまった訳です。
 そしたところで、沼に三郎の影が映ったために沼の主は、
「いいものが来た。また食って呉れよう」
と、三郎をやっと飲む気になったところで、三郎はびっくりして、山姥から貰モラった刀
で、
「エイッ」
と切り付けて、とうとう格闘して、その怪物を殺してしまいました。そしたら、土の中
から叫ぶようにして、
「三郎やーい。助けて呉れろー」
と声がするもので、おやっと思って、その怪物の腹をずっと裂サいたら、太郎と次郎と、
ふやふやとふやけて、今にも死にそうになって、腹の中から出て来ました。三郎はびっ
くりして、谷川で拾ったそのお椀に、綺麗キレイな水を汲んで来て、太郎と次郎に飲ませた
ところ、太郎も次郎も、ようよう元気になって、そして三人でその山梨を背負って、家
へ帰って来ました。
 
 そして母オッカアに食わせたら、あら不思議、今まで死にそうになっていた母は、その山
梨を食ったところで、急に元気が出て、それから段々、段々薄紙を剥ハぐように病気がよ
くなって、親子四人仲良く、末長く幸せに暮らしました。
 どっとはらえ。

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△ あとがき
 
 以上本稿は、平成三年三月鹿角市立中央公民館編集、鹿角市発行の『陸中の国鹿角の
むかしっこ』を参考にさせていただきました。
 転記に当たっては、次のことに留意しました。
一、「方言」と思われる言葉は、出来るだけ平易な文言に書き換えました。
  例えば、「どこ」は「処(ところ)」など。
二、方言と思しき言葉、例えば「どでんした(驚いた)」と云う言葉は、「動転」が訛
 ったものではないか、と考えて書き換えました。
三、ある言葉が「話し言葉」として表現される過程において、短縮されて訛って表現さ
 れる言葉は、出来るだけ元の言葉に忠実に復元して記述することに努めました。
  例えば、「けろ」は「呉れろ(くれろ)」など。
四、「ひらがな」で表現されている言葉は、広辞苑その他を参考にして、出来るだけ「
 漢字」に書き換えました。
  例えば、「むかし」は「昔」、「いた」は「居た」など。
五、読み辛い漢字には、出来るだけ半角片仮名で「振り仮名」を付けました。
  例えば、「俺」は「俺オレ」など。
                                    SYSOP

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