70 雁ガンの眼マナクに灰アク入ハイれ
 
                 参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
 
 昔、あったのです。
 ある村に、爺様ジサマと婆様バサマが住んでいました。
 爺様も婆様も若いときは働き者で、それに正直で村の人達から好かれていました。
 しかし、年を取って働けなくなったので、この頃は暮らしに困るようになりました。
婆様は、
「爺様や、爺様、これから段々寒くなるし、爺様も稼げなくなるし、この冬は何とした
ら良いだろうか」
と言いました。そしてまた、
「もう少しあれば雁が飛んで来るが、あれを何とかして捕れないだろうか」
と言いました。
 雁は渡り鳥で、秋になれば北から南へ、何十羽も群をなして飛んで行くが、爺様の家
の上も何回も飛んで行くことがありました。
 
 ある日、爺様はしぶと(囲炉裏)から灰アクを一杯笊ザルに取って、それを持って屋根の
天辺テッペンへ登りました。婆様は下で棒を振り上げて待っていました。やがて北の方から
雁の群が飛んで来たそうです。爺様の登っている屋根の丁度上まで来たところで、爺様
は大きな声で、
「雁の眼に、灰入れ!」
と叫んで、灰を掴ツカんで、「ばあーッ」と空へ撒マきました。すると、先頭の雁からうま
く眼に灰が入って、ぼたぼたと落ちてきました。
 下で待っていた婆様は、一生懸命棒で叩タタいて捕りました。
 雁は先頭に指揮官が居て、それに従って整然と飛んで行くので、指揮官にも先の方を
飛んでいた雁の眼にも灰が入って、みんな落ちてしまったので、後アトから来た雁に灰が
入らなくても、みんな後に付いて行って落ちてしまったのです。
 
 婆様は下で後から後から落ちて来る雁を一生懸命棒で叩いたので、へとへとに疲れた
けれども喜んで雁を捕りました。
 爺様と婆様は次の日、沢山の雁を車に積んで町へ売りに行きました。
 そして、沢山お金を取ったので、これで暫く暮らせると喜んでいました。
 ところが、これを聞いた隣りの爺様と婆様も、
「おらもやろう」
と言いました。
 
 この爺様と婆様は根性コンジョウが悪くて、村の付き合いもあまりしないで、村の人から
嫌われていました。
 この爺様も、灰を笊に取って屋根へ登りました。婆様は棒でなく鉞マサカリを振り上げて
いました。
 こうして待っていると、雁が飛んで来ました。そこで、爺様は、「雁の眼に、灰入れ
」と言うのを間違って、
「わ(自分のこと)の眼に、灰入れ!」
と言って、撒いてしまいました。
 さあ大変、雁はそのまま飛んで行ってしまったし、眼に灰が入ったので、爺様は屋根
からごろごろ落ちて来たのでした。
 これを婆様は、鉞で叩きました。爺様は、
「俺オレだ、俺だ、間違うな」
と叫んだけれども、婆様は、
「屋根から落ちたものを殺せと、言った」
と言って、何回も叩いたので、爺様はとうとう死んでしまいました。
 村の人はこの爺様と婆様に、誰も同情する者が無かったそうです。
 だから人の真似マネをするものではないし、根性を悪くするものではありません。
 どっとはらえ。
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