69 雪鬼ユキオニ(小坂濁川)
 
                 参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
 
 昔の話っこです。
 昔昔、ある山の中に、夫オドと婦オガと暮らして居ました。
 あるとき、雪がのんの、のんのと降る日に、夫が、
「俺オレ、町へ用っこがあって行って来る」
と言いました。婦が、
「何にもこのような日に、行かなくても良いのに」
と止トめたけれども、夫は出掛けて行ってしまいました。
 婦は夫が出掛けた後アト、窓からじっと外を見ていました。そうしたら、誰ダレか雪の降
る中をこっちへ歩いて来るのが見えました。
「おや、夫は戻って来たのだろうか」
と見ていたら、それは夫ではなくて、鬼であったそうです。
 
 これは大変と云うことで、婦は火棚ヒダナの上に隠れました。間もなく鬼が序口ジョグチ
へ入って来て、両脚をバタッ、バタッと雪をほろって(叩いて下ろす)、
「婦ぁ、居たか」
と、家の中に入って来ました。そうしてね、戸棚を開けて婦のことを探しました。けれ
ども、なかなか婦のことを見付けることが出来なかったそうです。
 ところが、婦の長い髪の毛がだらっと火棚から下がっているのを、見られてしまいま
した。
 鬼は、その髪をムズラッと掴ツカんで、引っ張って落として、婦のことを食ってしまい
ました。
 
 夫が帰って来て見たら、婦が食われた痕アトが辺りアタリ辺りホトリに、散らかってありまし
た。
「あんぇ、無情ムジョいことをしたな。俺が出掛けなければ、何もこんなことにならなか
ったのに」
と、夫は悔やみました。
 次の日、夫は鬼がきっとまた来るだろうと思って、懐フトコロに鉈ナタを入れて、囲炉裏イロリ
の側に座って、じっとしていました。
 そしたら鬼は、またやって来て、序口でバタッ、バタッと雪をほろって、
「夫、居たか」
と叫びました。夫は返事をしなかったそうです。鬼はのそっと入って来て、夫のことを
見ると、
「何だ、居たでないか」
と言いました。それでも夫は、懐に鉈を握ニギったまま動かなかったそうです。そうした
ら鬼は、夫のことも食おうとして、大きな毛むくじゃらの手をして、ムタッと夫の肩を
掴ツカみました。
 
 そのとき、夫は振り向き様ザマに鬼の額ナズキ・ナジキを、ワタッと鉈で叩タタきました。
「あっ、痛い」
鬼は、額を押さえて家の中から外へ飛び出して、忽ちタチマチ馳せて、見えなくなってしま
いました。
 そうしたけれども、雪の上に点々と血の痕アトが付いていました。夫は血の痕を辿タドり
ながら、山を二つも三つも越えました。
 夫は、恐る恐る木の陰に回って見たら、木のほこら(洞)の中で、鬼は玉ダマっこにな
って死んでいました。
 夫は、それを見て帰りかけたけれども、
「待てよ、本当に死んでいるのだろうか」
と、戻り帰って、鬼の肩に手を掛けて揺るがして見ました。それでも鬼は、動かなかっ
たそうです。
「ああ、婦の仇カタキを取った」
と帰って来ました。
 だからね、雪がのんの、のんのと降る日は、全く外に出るものではありませんよ。鬼
が来るからね。
 どっとはらえ。

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