50 湖畔に舞った狐灯キツネビ(十和田湖)
参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
昔、十和田湖のある家のやどこ(家普請フシン)をしていた時の話こです。
春に雪消えと同時に、建前タテマエをする段取りダンドリこを組んで、正月前から大工ダイク
達が木取り(材を刻む)をやっていました。大きな家を建てるので、大工達もいっぱい
居て、十和田湖の湖畔コハンへ杣小屋ソマゴヤの作業場と飯場ハンバを建てて、其処ソコで稼いで
いました。
その年はしこたま(沢山)雪が降って、のっこり(沢山)積もっている年でした。そ
のために月二回、食べ物を運ぶのに、大湯オオユまで下がって来て、往復すると云うこと
は、とにかく大変でした。
確か、二月頃だったと思ったけれども、仲間と二人で、十和田湖畔から下って来て、
その日の晩、大湯の建て主の家に泊まりました。
次の朝、朝から酒こ一杯ご馳走になって、魚や野菜などのっこり背負って、一杯機嫌
キゲンで、大湯を出掛けたのが昼過ぎでした。
雪は降っていなかったけれども、昨夜に降って積もった雪で、道は埋ウズまってしまっ
て、見えなくなってしまっていました。二人は、ボッツリ、ボッツリと雪を漕コいで歩い
て中滝ナカタキ辺りまで行ったら、辺りは真っ暗くなってしまいました。段々と降り出し始
めて、少し辺りの様子も気味悪くなってきました。
そしたら、雪で薄暗がりの中で、道端の高い処から、反対側に「ヒョイ、ヒョイ」と
跳び移ったのが見えました。
「ハハァ、狐こが出たな」と思って、二人で雪の上に「どっこいしょ」と腰を下ろし
て、一服しながら相談こをしました。
「此処ココで、狐こに騙ダマされれば、崖ガケから落ちて死ぬばかりだ」
と云うことになって、背中の荷物の中から、さっからにし(身欠鰊ミガキニシン)一把イッパを
取り出して、
「狐達や、騙ダマされないで、真っ直ぐ連れて行って呉れれば、魚こを幾らでも呉クれる
ので頼むし」
と、大きな声で言いながら、にしん束を「ぶーん」と道の上に投げてやりました。暫く
その辺りを狐達が跳ね回っている気配がしていてあったが、やがて、道の両側にポッカ
リと明るい青い灯アカリっこが二つ点ツいて、シャンシャンと前の方へ歩き始めました。
「ハァ良かった、良かった」
と二人でその後アトこに付いて、歩いて行きました。
暫く行ったら、先に見えて歩いていた青い光の灯っこが、プチッと消えてしまいまし
た。真っ暗闇になってしまいました。
「さて、困ったな」
と思っても、
「まんず、もう一回だけ試して見よう」
さっからにしをまた一把を出して、
「また、灯っこを点けて、先達サキダチして呉れろ。頼む」
と言いながら、ブンと前の方へ投げてやったら、ペカッと青い灯ヒっこが付いて、シャン
シャンと歩き出しました。
こんなことを何回も繰り返して、漸ヨウヤく発荷峠ハッカトウゲの上まで辿タドり着いた時は、
夜の八時過ぎ頃になっていたようでした。
それから、急な峠の坂道を、股マタの脚アシを深雪フカユキに泥濘ヌカらせて、雪を掻き分ける
ようにして、越えて下りました。その時も、勿論モチロン狐の青い灯っこが先に立って、ち
ゃんと九十九曲がりを上手に曲がって案内して呉れました。
そのお陰で、やっとこさ湖畔の、やどこの大工達の飯場に着くことが出来ました。
「やれやれ、お陰だ」
と言いながら、さっからにしを沢山だして、青い灯っこをめがけてブンブン投げてやっ
たら、狐こ達は喜んだの何のって、青い灯っこを点けたまま踊り上がって、其処ソコいら
中を跳ね回って歩きました。
狐の青い灯っこが二つ、グルグルと湖の岸の其処いら中一面イチメンに動き回るので、そ
の綺麗キレイなことったら無かったのでした。
それから二人は、飯場へ入って、荷物をどっさり下ろして、
「やれ、やれ、今日は良い日だったな」
と言って、これまでのことを、飯場の大工達に話して聞かせたのでした。それから、濁
酒ドブロクを飲んでみんなと寝ました。
次の朝、起きて見たら、小屋の周りや湖の岸辺の雪の上に、狐の足跡が沢山付いてい
ました。
どっとはらえ。
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