49 あび餅と夫婦になった長八チョウハチ(花輪)
 
                 参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
 
 昔、あったのです。
 花輪の町に、大きな酒屋さんがありました。
 其処ソコで、酒造り人や下働きの人など、沢山の人達が働いていました。
 ある日、其処のおがさん(お上カミさん)が、下男ゲナンの一人に、
「長八、この重箱ジュウバコを持って、湯瀬ユゼまで行って来て呉クれろな。旦那(主人)さ
んが、湯治トウジして七日ばかりになるし、何か用っこあってお出でになるだろうから、
聞き申して湯見舞ユミマイして来て呉れろ」
と、言い付けました。長八は「はい」と承ウケタマワって、大きな割には軽い重箱を持って出
掛けました。
 
 その日、とっても良く晴れた日で、大里オオザトの長道の田圃では、田植えが始まってい
ました。昼間近くになったために、田の畦クロで、大きな豆の粉飯(黄粉gubを付けたおに
ぎり)を食べている童子ワラシ達が居ました。
 長八は重箱を持ち直して、急いで歩きました。小豆沢アズキザワの大日堂の前まで行く
と、手が切れる位しゃっこい(冷たい)水を五、六杯飲んでから、また急いで歩き続け
ました。湯瀬渓谷ケイコクの景色を眺ナガめながら歩いて行くと、岩の上に生オがっている姫
子松ヒメコマツが見えて来たので、「間もなく湯瀬だな」と思って少し行くと、大きな唐傘
カラカサのように枝を広げた赤松の木がありました。その下は涼しい日陰になっていたので、
其処まで行って、長八は腰を下ろして休みました。ヒンヤリしていい気持ちでした。持
って来た重箱の包みこを其処に置いて、腰にぶら下げていた手拭テヌグイで、汗こを拭フき
ました。
 
 一息入れると、ふと、傍ソバに置いた重箱の中味こが気になって来ました。街道は誰も
歩いて来ないので、長八は、そっと風呂敷を広げて、重箱の蓋フタこを取って、そっと中
味こを見ました。すると、白い片栗粉カタクリコをほんのりと被カブった、大きなあび(あん
びん)餅が片側に少し寄って入っていました。
 見ているうちに、知らず知らずに手が出てしまいそうになりました。
 そのうちに長八は、あんびんを数え始めました。
 「これとこれと夫婦、これとこれと夫婦・・・・・・」
と、二つ一組にして数えて行ったら、どうしても一つ余るのでした。何回数えても一つ
余るので、長八は首を傾カシげて、
「これは多分、おがさんが間違って入れたのだかも知れないな」
と考えました。長八は仏事ブツジ以外のものは、必ず奇数キスウを入れることを未だ知らな
かったのです。
 
 長八は念のために、もう一回やってみました。
「これとこれは夫婦・・・・・・」
矢っ張り最後に一つ余ったので、
「これとこれは夫婦、ムニャ、ムニャ」
と、食べてしまいました。
 そのあび餅の旨かったこと、旨かったこと。やっこい(柔らかい)皮と甘いあんこが、
舌の先でとろけてしまいました。こんなに旨いものは初めて食べたと思いました。
 それから、長八は元気いっぱい急いで歩いて、旦那さんの湯治している湯瀬の宿に着
きました。
 
 「旦那さんし、おがさんがこれを寄越ヨコしたのです」
 「ああ、そうか、ご苦労だったな」
 旦那さんは、長八が大事に持って来た重箱の蓋を取って見て、
「ああ、あんびんだな。旨そうだな」
 あび餅は、旦那さんの何よりの大好物でした。
「けれども長八、これはおがさんが入れて寄越したのか」
と、怪訝ケゲンそうな顔で聞かれました。長八が黙ダマっていたら、
「ふーん、そうか。そうであるけれどもおかしいな・・・・・・」
と、一人言を言いましたので、長八は「はっ」と気付いて、大真面目オオマジメな顔で、
「そうであるけれども、俺オレが途中で重箱を開けて勘定カンジョウして見たら、おがさんが
間違ったかのようで、どうしても、一つ足りないために、旦那さんのことをごしゃやか
せて(怒らせて)も良くないと思ったために、余る分を俺が食べてしまったのです」
と、言いました。
 この正直者の長八の言った言葉を聞いて、日頃気難キムズカしい旦那さんも吹き出して笑
ってしまったそうです。
 どっとはらえ。

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