3601狐の提灯コ
 
                       参考:鹿角市発行「十和田の民俗」
 
 ある所に、百姓をやっていたエデ(親父)がありました。
 そのエデが、ずっと行ったら、道端の庚申様コウシンサマの前に、狐ッコが居眠りしていま
した。エデは初め、動転ドデンして(びっくりさせて)みたけれど、『狐の奴は、あんま
り夜中にほっつき歩いて、疲れてしまって昼寝をしているのだな。少し動転させてやれ』
と思って、
「あっえ、おっかないな、狐ッコだ」
 いかにも狐ッコを見て、動転した振りをして、大きな声で叫びました。そして足をド
ダドダと鳴らしました。良い気持ちで居眠りしていた狐は、エデが叫んだ声を聞いて、
動転してしまって、ボッと三尺ばかり跳ね上がって、後ろも見ないでドンドン逃げてし
まいました。そして、山の中に隠れてしまいました。
 
 エデは、可笑しくなって、一人で『あっはっはは』と笑いました。狐が逃げた後を見
たら、狐が居た処に、「狐の提灯チョウチンコ」が落ちていました。狐の提灯コと云う奴ヤツは
な、ヘラッコの恰好をした奴で、カンと叩けば、ポッと灯りッコが点いてな、明るくな
るのでした。エデは喜んでしまって、『これは好い物を拾った、狐の奴はなんぼ動転し
て逃げたのだな』また、エデが可笑しくなって一人笑いして、家へそれを持って帰って
行きました。『狐の奴、なんぼ悔しがって居たのだろう、取り返えされないようにしな
ければならない』と、家で一生懸命気を付けていました。狐は、今日来るだろうかと思
っても来ませんでした。明日来るだろうかと思っても明日も来ませんでした。二日経ち、
三日も経ってもなかなか来ないので、五日も六日も経ってしまいました。
 
 初めのうちは、エデも緊張してしまって気を付けていたけれども、段々日にちも経っ
てしまったところで、エデも今度は安心してしまって、『くそ。狐の野郎、おっかなが
って、ちっとも来ないな』と思って安心していました。そうしたならば、ある晩げ、エ
デが寝ていたら、馬屋マヤの方で、
「ううん、ううん」
と、うなる音が聞こえました。エデは目を醒まして、『何だか、馬のうなる音が聞こえ
るな』と思って、怪しんで聞いていました。馬は腹を病んで切ながって、壁板をガリガ
リッとはだける音が聞こえました。『馬が腹を病んでいる、これは大変だ』と、エデは
動転して、モックリ起きて、着替えして馬屋へ行く気になったけれども、思い出して、
『狐の提灯コがあったな』と、『あれを持って行くかな』と思って、懸かっていた提灯
コを出して、カンと叩いたら、ポッと灯りッコが点きました。それをぶら下げて行きま
した。
 
 そうしてから馬屋へ行って見たら、馬が腹を病んで、切ながって「ううん、ううん」
とうなって、寝っ転がっていました。
「だぁだぁだぁ、今治してくれる、待てぇ待てぇ」
とエデが、藁ワラを持ってきて、束にして、馬屋に入れました。柱に狐の提灯コをぶら下
げて行きました。そして、馬の腹を一生懸命、藁で撫でました。
 
 そのうちに、灯りッコが段々細くなって、プッと消えてしまいました。エデは一生懸
命に馬の腹を撫でていました。段々腹の痛いのも落ち着いてきて、馬の腹の痛いのは治
ってしまいました。
 エデは『ああ、良かったなあ』と思って安心して、家へ行って寝る気になって、『提
灯コを持って行かねばならないな』と思って見たけれども、幾ら探しても提灯コはあり
ませんでした。『狐の野郎は、馬に腹を病ませて、提灯コを取り返しに来たな。あの野
郎、サッサしくじったことをした。ただ取られてしまったな』
 狐と云う奴は、なかなかずるいものであったために、悔しがりました。狐の提灯コは、
持って行かれて、何もありませんでした。エデは、『残念なことをしたなあ』と思って
ガッカリしてしまいました。どっとはらぇ。(風張)
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