36 狐の提灯チョウチンこ(大湯)
参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
昔、あったのです。
ある処に、百姓をやってる父エデがありました。その父がずっと行ったら、道端ミチバタ
の庚申コウシン様の前に、狐こが居眠りイネムリしていました。父は初め、動転ドデンして見たけ
れども、「狐の奴は、あんまり夜中にほっつき歩いて、疲れてしまって、昼寝をしてい
たんだな。少し動転させてやれ」と思って、
「あれれ、おっかないなあ、狐こだ」
と、如何イカにも狐こを見て動転した振りをして、大きな声を挙げて叫びました。そして
足を「どだ、どだ」と鳴らしました。良い気持で居眠りをしていた狐は、父の叫んだ声
を聞いて、動転してしまって、「ぽっ」と三尺ばかり跳ね上がって、後ろも見ないで、
どんどん逃げてしまいました。そして、山の中へ隠れてしまいました。父はおかしいな
って、一人して「あっはっはは」と笑いました。
狐こが逃げた後を見たら、狐の居た処に、狐の提灯こが落ちていました。狐の提灯こ
と云う奴はな、箆ヘラっこの格好カッコウした奴で、「カン」と叩タタけばポッと明かりこ点ツい
てな、明るくなるものでした。父は喜んでしまって、「これは良い物を拾った、狐の奴、
どんなに動転して逃げたろうな」と、父はまたおかしくなって、一人笑いして、家へそ
れを持って行きました。
「狐の奴、どれ程悔しがって居ただろうな。取り返されないようにしなければならな
いな」と、父は一生懸命気を付けていました。狐こは今日来るだろうかなと思っても、
来ませんでした。明日アシタ来るだろうかと思っても明日も来ませんでした。二日も経タち、
三日も経っても、なかなか来ないので、五日も六日も経ってしまいました。初めのうち
は父も気を付けていたけれども、段々日にちも経ってしまったところで、父も安心して
しまって「くそも来ない」と思って安心していました。そうしたら、ある晩バンゲ、父が
寝ていたら、馬屋マヤの方で「ううん、ううん」と唸ウナる音が聞こえました。父は目を醒
まして「何だか、馬の唸る音が聞こえるな」と思って聞いていたら、馬は腹を病んで切
ながって、壁板カベイタを「ガリ、ガリ」と開ハダける音が聞こえました。「馬が腹病んで
いる、これは大変だ」と、父は動転して、もっくり起きて、装モヨって馬屋へ行く気にな
ったけれども、狐の提灯こがあったのを思い出して、「あれを持って行くかな」と思っ
て、掛かっていた提灯子を出して「カン」と叩きました。そうしたら「ポッ」と明かり
こが点きました。それをぶら下げて行きました。馬屋へ行って見たら、馬は腹を病んで
切ながって「ううん、ううん」と唸って、寝っ転がって居ました。
「だぁ、だぁ、だぁ、今治して呉クれる、待てぇ、待てぇ」
と父は藁ワラを持って来て、束タバにして、馬屋に入って行きました。柱に狐の提灯こをぶ
ら下げて行きました。そして、馬の腹を一生懸命に撫ナでていました。
そのうち、明かりこが段々細くなって「プツッ」と、消えてしまいました。けれども、
父は一生懸命に馬の腹を撫でていたら、段々腹の痛い奴が落ち着いて来て、馬の腹が治
ってしまいました。
父は「ああ、良かったなあ」と思って、安心して家へ戻って寝る気になって「提灯こ
を持って行かねばならないな」と思って見たけれども、幾ら尋ねても、提灯こは無かっ
たそうだ。
「狐の野郎、馬に腹を病ませて、提灯こを取り返しに来たな。サッサ、しくじったこと
をした。唯タダ取られてしまったな。狐と云う奴、なかなか狡ズルいものだ」
と、父はうんと悔しがりました。「残念なことをしたなあ」と思ってガッガリしてしま
いました。
どっとはらえ。
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