35001狐と川獺カワウソ
 
                       参考:鹿角市発行「十和田の民俗」
 
 小坂川の川原の石が、未だ赤茶色に染まっていない頃の話です。
 川原の小石も、白いの青いのなどが並んでいました。鮒フナや鮠ハヤの泳いでいる様子が、
手に取るように見ることが出来ました。その頃、小坂川にも、川獺が棲んでいたと云う
のです。
 
 暦の上では春だと云うのに、寒さが厳しいある日のことでした。
 栗の実のような形をした毛馬内の米山に、一匹の狐が棲んでいました。
 その狐が小坂川に棲んでいる川獺に、魚を美味しそうに食べているところを、何時も
見せつけられていました。
 それで、とてもしゃくに触って仕方がなかったが、狐には川獺を見返してやることが
出来ませんでした。寒さは厳しく、獲物が碌ロクに捕れなかったからです。
 腹はペコペコになるし、とうとう我慢しきれず、狐は恥を忍んで、川獺の処へ訪ねて
行きました。
 
 狐は川獺の前に立ち、頭を下げて、
「川獺さん、川獺さん、よくお前さんは魚を喰っているようだけれども、どうしたら、
魚を捕まえることが出来るのだろうか。どうか、教えて呉れないか」
と、丁寧に頼みました。
 とてもすぐ教えて貰えるとは思いませんでした。もし、教えて呉れても、『その代わ
り……』と難題を吹っかけられるだろうと考えていました。川獺は、
「ああ、いいですいいです」
とあっさり引き受けて呉れました。あまり簡単に引き受けて呉れたので、張り合いが抜
けました。
 
 とても信じられず、まだ喜ぶには早い、『本当に教えて呉れるのか』と訊くと、『く
どい』と怒られるかも知れない……と思いながらも、
「本当に教えて、呉れるだろうか」
と訊きました。
 川獺はあっさり、
「本当だ、本当だ」
と首を縦に振りました。
 狐は『ああ、良かった』と心の中でとても嬉しかったのですが、そんなことは少しも
見せず、川獺が語り出すのを今か今かと待ちました。
 
「まず、この氷に穴コあけなさい」
 川獺は、勿体ぶった口調で語り出しました。
「その穴コは、尾っぱが出入りする位で良い。何も難しい事ではないのだ。その穴コに
尾っぱを突っ込んでみれ」
と言いました。
 狐は、『何だぁ、たったそればかりなのかな、簡単なことだなぁ』と思いながら、そ
の太い尾っぱを穴に入れました。入れた途端に、何か尾っぱに当たる物があります。
 
「あれっ、何だか当たる物がある。何だべ」
と言いました。川獺は、
「それは雑魚ジャッコだ。まんず一匹捕れた」
と言うので、狐は全神経を尾っぱに集中させた。『なる程、コツンコツンと当たる物が
ある』のだった。
 川獺は、
「ほらほら、もう四、五匹捕れたようだ。幾ら捕れたか忘れると困るから、ひとよひと
よ、ふたよふたよ、と数えてごらん。夜明け前には、百匹なら、如才ジョサイない」
と言ったかと思うと、川の中へ潜って見えなくなりました。
 狐は、『やれやれ、うまくいった』とばかり、長い舌をペロリと出しました。
 
 狐は尾っぱに何か当たる度に数えて、とうとう百匹を超えました。狐は、『もう少し
捕って呉れよう、もう少し、もう少し』と思っているうちに、夜が明け始めてきました。
 それで、人間に見つかると大変だと思って、『うんとこしょ』と尾っぱを持ち上げよ
うとしました。
 ところが、尾っぱは重くて取れません。
 狐は、『何百匹掛かっているのだろうか』と力を入れて引っ張りました。幾ら引っ張
っても、もがいても、抜けてきません。狐は氷の上に、はまったまま、
「おいおい」
と泣き出しました。尾っぱは凍って抜けなくなったのです。
 
 小坂川の近くにある桂の井戸へ、萱町の人達が朝の水を汲みに来ました。坂の上に来
ると、小坂川の方から変な鳴き声が聞こえてきました。
 そこで人々は桶を放り出し、担ぎ棒を持って、川へ走りました。そこに、氷の穴から
尾っぱを抜けないで鳴き騒いでいる狐を見つけたのでした。
 人をだます狐が、まんまと川獺にだまされたのでした。尾っぱにコツンコツンと当た
ったのは、流れてきた氷の欠片カケラだったのでしょう。(八幡平)
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