14 狐から貰った土産ミヤゲ(八幡平)
 
                 参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角のむかしっこ」
 
 昔、ありました。
 ある処に、片輪カタワな二人が居りました。
 そうしたところで、二人して毎日、
「飯メシ無い、飯無い」
と、仕方無く暮らしていました。
 ある時、夫アナが山へ行ったので、妻アッパは一人で居て、飯を食わないで居たために、
死んでしまいました。
 夫が山から来て見たら、妻は死んでいました。
「どうも困った、どうも困った」
と言っても、誰も来る人は居ませんでした。
 
 ある時、あの痩ヤせた妻こが来ました。
 「何とかして、俺を妻アッパこにして下さい」
と言って来たけれども、痩せても、痩コけても、これは人だったので、「これを貰えって
授サズけて、来たのだ」と思って、貰ったそうです。
 三年も、四年も経ったところで、男童子ワラシが生まれました。そうしたら何と名前を付
けたらよいかと、心配しました。妻こが言うには、「金太」っこと付けると言うので、
金太っこと付けました。
 金太っこと付けて、
「金太っこ、金太っこ」
と毎日言って、めご(可愛い)がっていたそうです。
 
 ある春の日の事、妻っこが機ハタを織っていました。妻っこが機の前で眠ってしまいま
した。童子を放って置いて、眠ってしまいました。
 がぁん、がぁんと眠りました。その妻っこは、本当は狐キツネっこでした。そこで、耳が
生える、手に毛が生える。足に毛が生える、尾っぱを出して、がぁん、がぁんと眠って
いました。
 そうしたら、童子が起きて、
「妻アッパに耳生えて、尾っぱ生えて、おっかない」
と言って、そこいら中を泣いて歩いたところで、妻が目を醒ましてしまいました。さぁ、
元の姿を子供に見られてしまったところで、この家にどうしても居られないと思って、
障子ショウジに墨スミで、
「尋ねて給えタモレ、下田の森」
と書いて帰ってしまいました。そうしたら、その童子は「あん、あん」と泣いていまし
た。夫が山から帰って来て、窓を見たら、そう云う風に書いていたので、童子に、
「負オんぶする、下田の森へ行って見よう」
と行って見たら、痩せた狐が其処ソコに居て、うらうらと穴に入るところでした。
 
 「俺は元狐だけれども、お前の処へ嫁になって行ったけれども、今、戻る姿も無いし、
お前に腹の減らない玉を三つ呉クれるために、腹が減ったら玉を嘗ナめなさい。腹が減っ
たらこれを嘗めなさい」
 それから聞くと、耳と八卦ハッケ置くときのつっぱりと千針、の三つ持たせて、
「お前帰れ」
と言いました。
「何処ドコかの大きな町へ行ったら、占場ウラナイバへ行って叫んで歩け」
と言われたところで、夫は童子を負んぶして歩いて、何処かで何かして切セツながってい
る人があるか、何処かで死んだ人があるかと思って、耳に当てて行ったら、烏カラスが「カ
ァ、カァ」と鳴いて来ました。
 その前に、狐っこが森の中へとっとっと入って行ってしまって、姿も何も見えなくな
ってしまいました。
 
 そして、また童子を負んぶして行きました。そうしたら、花輪の町へ行ったら、旭町
のお姫様が今死ぬところで、もう目を落としました。町中が集まって誰も誰も一生懸命
泣いたり、騒いだり、医者を喚ヨんだりしたが、誰も良く出来なかった。
 そこで、その夫は、
「占いだ! 占いだ!」
い言って行きました。
「八卦置き来た」
「そしたら、八卦を置いて貰え、どうにかして呉れるのだから」
 夫が、死んだところへ行って、針、狐から貰った針をですね、針を出して、チカッと
刺しました。そうしたら死んだ人が生きたのでした。そして、銭ゼンこを一杯貰いまし
た。
 
 また、毛馬内の方とか、大館の方へ行きました。そうしたら、また旭町の長者の若旦
那が、ただ今死んでしまいました。それで、
「何とか、することが出来ないか」
と言っていました。
 針をだして、チカッと刺しました。そうしたら死んだ人は、また生きました。
 また、銭こをいっぱい貰いました。
 夫は、一人童子を背負って、暮らしていました。
 どっとはらえ。

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