116 松の木から落ちた別当さん(二本松の狐)(尾去沢)
 
                    参考:鹿角市発行「花輪・尾去沢の民俗」
 
 尾去沢鉱山が栄えて、田郡タゴリとの往来が盛んだった昔のことでした。ある一人の若
い別当さんが、田郡から三ツ矢沢へ用事があって行くことになりましたが、下りとはい
え、かれこれ一理半の道中ですから、きっと退屈になっていた時だったと思います。
 
 丁度二本松という所を通り、少し急な一の坂にさしかかった時、道のわきの草むらで、
狐が気持ちよさそうにスースー眠っているのを見つけました。別当さんは、急に友達に
でも出会ったような、からかいたい気持ちになり、
「おい、おい、バァーッ」
と、思わず大きな声を出して、起こしてしまいました。びっくりした狐は、未だ眠り足
りないような目をして、うらめしそうに後を振り返り、振り返り逃げて行ったので、
『気の毒なことをしてしまったなあ』
と思いながら、急ぎ歩きました。
 
 この一の坂という所は、片方を見下ろせば崖、周りは森ですが、二本松からこの辺一
帯には狐が住んでいる所と言われていましたけれど、何事もなく通過し、三ツ矢沢の中
新田という村の近くまで来ましたので、
『もう少しだ、ヤレ、ヤレ』
と汗をふいていたら、行く手の向こうから、お葬式の長い行列がやって来ましたので、
『いったい、どこの誰が亡くなったのだろう』
と思い、お人よしの別当さんは、その列のじゃまにならないようにと、右によったらそ
の葬式の列もその方へ、左によれば又別当さんのよけた方によってきて、まるで通せん
ぼされているようで、一歩も先に進むことが出来なくなりました。致し方なく、そばに
あった松の木に登り、行列をさけました。そしてあたりを見まわしたら、そこは墓地の
入口のようでした。
 
「困ったことになってしまった」
とひとり言をいっていたら、行列がその松の木の下にとまり、こともあろうに根もとを
さかんに掘りはじめ、お棺をほうむって行ってしまいました。
 ようやく人通りが無くなったので降りようとしたら、今度は、今うめたばかりのお棺
の中から、白い着物のまま死んだ人のゆうれいが出てきて、
「うらめしやー、うらめしやー」
と、つきまとっておどすのです。元気なお別当さんでしたが、気味悪いのとおそろしさ
で、また木に登ると、それを追いかけるように、フワフワ飛んで来るので、とうとう松
の木のてっぺんまで登りつめました。
 
 その時です。
「バチン、ビリビリッ、ビリ」
と音がして枝が折れ、別当さんはまっさかさまに下に落ちてしまいました。一瞬、そこ
の墓地は消えてなくなり、村の人々は田植えの真っ最中……。
 この別当さんは、その泥田に落ちていたのでした。びっくりしてキョロ、キョロした
ところで目がさめました。お百姓さんたちは、いっせいにこちらを見ながら、
「お別当さん、お別当さん、どうなさったですか。もしかして二本松の狐にいたずらし
たんべー、だまされましたな」
と、はやしたてました。
 
 さいわいに、けがは無かったのですが、お百姓さんに手伝ってもらって、田から上が
ったお別当さんは、すっかり泥だらけになってしまいました。それでもそのまま頼まれ
た家へ行ったか、それとも着がえのため田郡へ帰ったかどうかは分かりませんが、五月
の陽気の好い、田植え時のお昼近くの出来事だったそうです。
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