115 ベゴの背のきつね(花輪)
 
                    参考:鹿角市発行「花輪・尾去沢の民俗」
 
 新田町の万山林マンザンバヤシの上の方に、ベゴ(牛)の背という所がありますが、そこは
小高い丘になっていて、丁度牛の背中みたいな形をしているということから、このよう
な名前がついたと言われています。
 そこには、昔から人をだます狐が出るというので、夜は女や子どもはなるべく通らな
いようにしているのでした。ところがこの近くに、大変に元気がよく、お酒の好きな男
の人が住んでいました。ある秋のお天気の良い日、寄り合いがあって出かけましたが、
こうした集会には必ずつきもののお酒をご馳走になったので、帰りは日暮れ頃になって
いました。
 
 この男は以前、狐にだまされて田んぼにすわって、泥だらけになったり、お金と思っ
て木の葉を勘定してみたり、何度もおかみさんに叱られたことがあったので、この牛の
背を通るのがイヤでイヤでたまりませんでした。けれども、
『今度こそは、たまされるもんか』
と、酒の入ったいきおいもあって、大きな声でどなったり、歌ったりしてからいばりを
して歩いていましたので、少し汗が出てきました。
 
 ところが、途中にいいお湯っこがあったので、手を入れてみたら丁度いいあったかさ。
『ようし、これはしめた、一風呂あびて』
と思って着物をぬぎ、入りました。湯だけ(湯の量)はいいし、ぬぐだみ(温度)もい
いので、
『いい湯だな、いい湯だな』
と良い心持ちでいしたら、何だか、
「ガヤガヤ、ガヤガヤ」
と、さわぐ声がするので、
『何だろう』
と思って、あたりを見まわしたところで目がさめました。そのガヤガヤ……は、畠の帰
りの人々の声か、狐っこたちのはやす声(からかう声)の何れかは分かりませんが、こ
の元気なおとっちゃんは、いったい何のお風呂に入ったのでしょうか。何だと思います
か、……それはタメ桶だったとか……。タメ桶とは昔、大きな桶を田や畠の岸にうめて、
下肥シモゴエを貯えて置いたもので、危険なので普段はちゃんとふたをしておくのですが
……。
 
 とにかく大変なところに入ったこの男は、どのようにして上がって家へ帰ったかは分
かりませんが、おかみさんは、叱るどころか後始末に大変困ったことでしょう。
 それ以来、この男の人は、
「もうコリゴリだ。酒はキッパリやめた」
と言ったということですが。果たしてほんとうにやめられたでしょうか……。
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