113 化けそこねた甘蕗アマブキの狐(花輪)
 
                    参考:鹿角市発行「花輪・尾去沢の民俗」
 
 昔の甘蕗というところの又ずっと山奥に、木を伐ったり、畠をたがやしたりしたいる
仲のよいお百姓夫婦がおりました。二人の楽しみは、十日ごとに立つ市日マチノヒに出て、
山や畠でとれたものを売っては、魚などを買って帰ることでしたが……。
 
 ある日、家の仕事の都合で、夫だけ一人出かけることになりました。帰りは少し遅く
なったのですが、やはりいつものように、塩を引いた魚や、油揚げなどを求めて背負っ
て山を登り始めました。しばらく行ったら、突然一匹の狐に会いました。狐はじっと男
を見すえていたのですが、やがて一目散に家の方へかけ出して行きました。男は一人残
してきた妻のことが心配でたまらず急ぎましたが、何となく足がもつれて、
『これは、さっきの狐のせいだかな』
と気づき、手をつねったり、頬をたたきながら一生懸命歩きました。実はこのお百姓は、
小さい時のけがで、左の目をあけることが出来なくなったのでした。いわゆる、よい言
葉ではありませんが、左メッコでした。
 
 一方家では、帰りを待っていた妻のもとに、
「おっかあ、今帰って来たぞ」
と言って入ってきた夫を見ると、いつもと違い、左目はあいて右目をかたくとじている
ではありませんか。
『変だな、これはきっと狐ではないかしら』
と咄嗟に感じましたが、この妻はなかなかかしこい女だったので、気づかれないように、
「とうさん、ご苦労さん。とうさんが帰るとすぐ、柱に縄でビンと縛ってけろ、と言う
が、今日はどうしますか」
と、試みに言ってみたら、
「ウン、ウン、そうだそうだっけ、しばってけろ、しばってけろ、ビンとしばってけろ」
というものだから、
『しめた』
とばかりに、縄でぐるぐるまきにしました。そうしたところへ、本当の夫が帰ってきま
した。そのうちに縛り方が強かったのか、とうとう太いしっぽが出て、本当の狐になっ
てしまいました。
 
 いけどりになった狐はどうなったかというと、そのまま売ると大もうけだったでしょ
うが、人の良いこの二人は、
「これからは、いたずらするなよ」
と言い聞かせて、市日で買ってきた油揚げをくれて、放してやりました。それからはこ
のお百姓たちを二度とだますことをしなくなったということです。
 
 それにしても、
『向かい合ったまま、上手に化けたのに』
と、鏡を見たことのない狐は、
『右目がどうして、左目にかわったりなどしただろう』
と、山へ帰ってからも、しばらく考えていたかも知れません。
[次へ進む] [バック]