112 ばかにされたおじいさん(花輪)
 
                    参考:鹿角市発行「花輪・尾去沢の民俗」
 
 昔、ある村の山の方に、大変お酒のすきなおじいさんと、お人よしのおばあさんが住
んでいました。ある年の春、おじいさんは用事があって、となり町まで出かけることに
なりましたが、用がすんだら早く帰ればよいのに、その町では桜の花見でにぎやかだっ
たから、
『一寸だけ花見してから』
と、ひとまわりしたら、茶屋が沢山たっていたので、ついついお酒を一杯、二杯と飲ん
だそうです。汗ばむようなよい天気なので、すぐにいい気分になり、家で留守している
おばあさんにと思って、どっさりおすしを買い、帰ることにしました。
 
 ところが村に近づき、得意になっておすしをつつんだ風呂敷をブラブラさせながら、
坂を登りはじめた頃から、急にうす暗くなり、道が分からなくなりました。いつも通っ
ている場所なのにと思ってずっと行ったら、やがてわが家のあかりらしいものが見えた
ので、急ぎ足になったんだけれど、おかしいことに、近づいたと思うと又遠ざかって、
どうしても家に着けないでホトホトつかれて、ペタンとすわってしまいました。
 
 そうしたにそこに、大きなお風呂があって、沢山の人々が入っているではありません
か。
「いつ、ここに温泉がわいただろうなあ。大きいところだなお。汗ながしにひとつ入っ
てみよう」
と言いながら、着物をぬいで足を入れたけれど、
『何だ、冷たいお湯っこだなあ、これだばかぜ引く、かぜひく』
と思ってあがろうとしたら、誰かにペタペタほっぺを何回もたたかれたところで目がさ
めました。そうしたら急に明るくなって、日が西に沈もうとしている夕方だったとか
……。
 
 おじいさんの帰りが遅いので、心配して迎えに出たおばあさんは、貯水池のふちで、
はだかになって寝ているおじいさんを見て、どんなにかびっくりしたでしょう。
「気がついてよがった、よがった」
と言って、早速体をふいて着物をきせてもらい、無事家へ帰りました。勿論土産のおす
しは無くなっていました。
 
『これは狐のしわざだな。だまされたのだな』
と、気がついたおじいさんは、
『これからは絶対に、外では酒を飲まないことに決めた。あのまま水に入っていたら死
んでいたかも知れない。助かったのは、おばあさんのおかげ……』
としみじみ思ったのか、これからの二人は、ますます仲よし夫婦になったということで
す。
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