111 お産婆さんと狐っこたち(花輪)
参考:鹿角市発行「花輪・尾去沢の民俗」
このお話は、林や森が町のすぐ近くにあって、狐や兎、りす、小鳥が沢山住んでいた
頃のことだと思います。
あるところに、多くの赤ちゃんをとりあげた信仰の厚いお産婆サンバさんがおりました
が、自分の子どもたちは皆大きくなり、よそへ行ったので、たった独りで暮らしていた
そうです。
けれどこのお産婆さんは、毎日のように、お産した人々を見舞ったり、赤ちゃんにお
湯をつかわせるために、町や村々をまわるので、ちっとも淋しいと思わなかったでしょ
う。それに毎朝出かける時、自分の家の裏にある大きなクルミの木の下にサンダラ(米
俵のふた)をおいて、自分のご飯やおかずを分けてのせ、
『ここにおいたよ、腹がへったら食べてけろよ』
と、さも遠くに行った子どもや孫たちに言うようにして、手を三度たたくのでした。そ
して帰って見ると、必ずきれいに無くなっているのですが、そうすると、
「よがった、よがった」
と言いながら山の方を拝む、これがこのお産婆さんの一つの楽しい日課のようでした。
ある秋の夜ふけのことです。
『そろそろ寝ようかな』
と、ふとんをしいている時、
「トントン、トントン、おねがいします」
と玄関の戸をたたく音がするので、
『今頃、どなたかな、誰だろう』
と思いながらも、さっそく戸をあけて見ましたら、そこにはちょうちんを手にしたきれ
いな女の人が立っていました。
「夜分お申し訳ありませんが、今私の娘がお産しそうなので、何とか来てください。お
たのみします」
としきりに言うので、それではと急いで身支度をして、この女の人の後をついて行きま
した。
そこは、自分の家のすぐ裏の坂を登って林の中に入ったところで、立派な御殿のよう
なお家でした。お産婆さんは、この町のことは大てい覚えているつものでしたが、この
人たちはどこから来たのか、家もいつ建てられたのかと考えて、あたりを見まわしたけ
れど、さっぱり分からなかったのですが、お産をする娘さんも母親に似て色白の美人で
した。少し難産でしたが、なかなか上手なお産婆さんなので、無事にかわいい赤ちゃん
をとりあげることが出来ました。そうしたら、同じような似た顔の家の人方が、部屋の
あっちこちから出て来て、大よろこびでお礼を言われました。帰りは又さっきの母親の
あかりで送られたのですが、あんまり夢中で、驚いたせいか、うっかり名前を聞くのを
忘れてしまいました。そして、ねどこに入ってからも、さっきの家のこと、娘さんのこ
と、家の人たち……と色々と考えていたら、なかなか眠れなくなったそうです。
やがて朝になり戸をあけて、びっくりしました。そこには何があったと思いますか。
玄関の外には、にわとり一羽と桜や栗などの木の葉が、山盛りに積まれてあったそうで
す。お産婆さんは、
『なるほど、なるほど』
と、うなづき、笑いながら、
「おいなりさんだったのか、お礼のつもりで木の葉のお金をどっさり持って来てくださ
ったのか」
と、独り言をいって片づけました。にわとりはどうしたかって……、それはどこからか
捕ってきたのでしょうから、どのようにしたかは分かりませんが、それとは別に、沢山
のご馳走を作って、裏山のお稲荷さんにお供えし、お燈明をつけて拝んだだろうと思い
ます。みなさんはどう考えますか。また毎日クルミの木の下に置いたご飯などは、いっ
たい誰が食べたのでしょうか。お産婆さんも分からないが、それからもずっと続けたと
いうことです。
秋の冷たい風がゴーゴーと吹く頃の、年とったお産婆さんと仲よしの狐っこたちのお
話です。
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