105 汽車を見に来た女の子(花輪)
 
                    参考:鹿角市発行「花輪・尾去沢の民俗」
 
 このお話は、花輪にはじめて駅が出来て、汽車が通った時のことだそうです。
 一人の元気な男の子がおりましたが、それまでの乗物といえば、馬・馬車・人力車、冬
には馬そり、手でおすそりで、大ていの人は歩いたものだったのです。それが石炭をた
いて走る汽車というものが通るというので、町の人々は物めずらしさと喜びで、それは
それは大変なお祭りさわぎだったそうです。駅前の飾りつけや、さまざまの行事で大に
ぎやかだったので、男の子は一日中その催しものを見ましたが、汽車が煙をはいて走る
様子には強く感動し、
「大きくなったら、僕もあれに乗って遠くに行ってみたい」
と思ったそうです。
 
 その晩は、昼の疲れもあったのか、夕ごはんの後早く寝床に入ってぐっすり眠ったそ
うですが、フト目をさますと、まだ家の人方が起きていたので、好奇心の強いこの子は、
幸いに駅がすぐ近くだつたので、また祭りのあとが見たくなって、ソッと出かけたそう
です。ところが駅の前がひっそりして人気がなく、ただお月さまだけは明るく輝いてい
たとのこと……。何だか淋しくなったので、
「もう帰るんべ」
としたとき、どこから来たのか、その男の子と同じ位の五六才程と思われる白い顔の女
の子が、赤い袴をはき、髪は牛若丸みたいなまげにゆって、駅のあたりをウロウロして
いたそうです。
 
「どこの子だべかな」
と立ちどまって見ていたら、チラッと目があい、びっくりしてゾッとしてしまいました。
その子の顔のあまりにきれいなのがかえって気味悪く、急にこわくなり、体が動かなく
なる程だったとか……。
 
 夢中で急いで家にかけこみ、夜なべしている母に話していたら、間もなく、
「パカッ、パカッ」
と馬の蹄の音がしたので、母は驚いた様子もなく、
「ホラ、蹄の音がするんだべ。お駒さんだな、その女の子はきっと産土ウブスナさんの神
さまだろうよ。汽車を見たくて子どものお姿になって、遠い東山からおいでになったん
だべな。神社で神様をおまもりしているお馬のお駒さんがお帰りが遅いので、きっとお
迎えに来られたのだべかな……。神さまのお姿を見たのだから、きっといいことがある
だろうな」
と言われても、ブルブルしていたら、
「さあ寝よう、何もこわいことは無いよ。もう神さまもお帰りになったんだし、安心し
て寝ろな」
 
 その夜は、ゆさしく言ってくれた母親と一緒に寝たそうですが、どんな夢を見たでし
ょうか。
 この少年は、それから何年たっても、又何十年も過ぎておじいさんになってからも、
このことが忘れられなく、妹や子ども、孫たちにも語り聞かせていたということです。
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