5300錦木塚ニシキギヅカ物語 〈涙川〉 錦木塚の話に出て来る草木の若者は、恋しい政子姫の処へ毎日通ったとき、政子姫の 家の戸口に錦木をいくら立てても、政子姫に気持ちが通じないために、また草木まです ごすごと帰るのでした。 その時、悔しくて泣いた涙の顔を洗ったために、この川を涙川と云いました。 [地図上の位置(元の涙川)→] [地図上の位置(今の涙川)→] 〈ハッコ清水〉 昔、政子姫が狭布の細布セバヌノを織るとき、まず家の前にあった「ハッコ清水」の池で 水垢離ミズゴリを執ってから細布に織りました。それで心の籠もった織物が上手く出来て、 みんなに誉められたと云います。 此処の水は、冬は暖かで、夏は冷たく、何時もいっぱい水が湧いていました。 〈赤森〉(瀬田石地区)参考:鹿角市発行「十和田の民俗」 昔、赤森には温泉が湧き、市日が立つ程の賑わいがあったと云い、大洪水に遭い流さ れてしまった。 その当時、赤森は栄えて、舟着き場もあった。 集宮発電所の機械は、ここ赤森まで舟で運ばれたと云う。 また、赤森には神社もあったと云う。(石野) [地図上の位置(赤森)→]けふの布で織った衣服 [地図上の位置→]
■名所歌枕:錦木塚 |