5100八郎太郎物語
 
                    参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角の伝説」
 
〈竜となる〉
 昔、草木の村の保田ボッタと云う処に、八郎太郎と云う若者が居ました。
 彼が十七歳になったときには、身の丈六尺(1.8m)余りで、鬼にも負けない位、力の
強い立派な若者になっていました。
 八郎太郎は毎日毎日、遠くの岳や山を馳ハせ廻って、級マダ(シナノキのこと)の皮を
剥ハいだり、鳥や獣などを捕って歩き、それを売って、年老いた二親フタオヤ(父母)を養
い、村の人達から「あゝ良い若者だなあ」と言われて誉められて居りました。
 
 ある時、八郎太郎は三治と喜藤キトウと云う仲間の若者と三人で、来満峠ライマントウゲからず
うっと奥山を越えて、奥入瀬オイラセの辺りまで来て、流れの側に小屋掛けして、交代で炊
事当番をしながら、一生懸命級の皮剥ぎの仕事をしていました。
 何日か経って、八郎太郎が当番になったときのことでした。
 水を汲んで置こうと思って、川淵に行って見たら、流れの中に岩魚イワナが三匹泳いでい
るのが見えました。
 八郎太郎は三人して一匹ずつ食べようと思って、岩魚を捕って来て、串に刺して焼き
ました。
 すると、その焼けるかまり(匂いのこと)の良いこと、我慢出来なくなって、二人の
仲間が戻って来るのを待てないで、少し摘んで食ってみたら、いやその旨いこと、自分
の分の一匹をべろっと食ってしまいました。
「おらあ、今までこんなに旨いもの食ったことがなかった」
と独り言を言いながら、知らず知らずに残った二匹も食ってしまいました。そしたら、
間もなく八郎太郎の喉が焼ける位渇カワいてきました。
 側に汲んで置いた桶の水を一口飲んだけれども、渇きは止まりませんでした。桶の水
を空カラにしたけれども、喉は渇くばかりで、
「あゝどうしたんだろう。死んでしまうようだ。」
 そこで川淵に行って、川の流れに口を付けたまゝ飲みました。飲みに飲んで日の暮れ
るまで休まずに飲み続けました。
 
 やがてふっと顔を上げて、流れの水面を眺めた八郎太郎は「あっ」とびっくり仰天し
ました。なんと八郎太郎は、大きな火の玉のような真赤な目をした竜リュウになってしまっ
ていました。
 山から帰って来た三治と喜藤はこの有様を見て、肝キモが潰ツブれる位びっくりして、
「八郎太郎、どうした。取りあえず小屋に行こう」
と、口々に言いましたが、八郎太郎は、
「もう、俺は何処ドコへも行けない身体に成ってしまった。魔性マショウ(化け物)に成った
俺は、水から離れられない事になったようだ。これから、此処ココに湖を作って主ヌシにな
るから、申し訳ありませんが、俺の笠とけら(蓑ミノ)を家に届けて下さい。親達によろ
しく伝えて下さい。」
 二人の仲間も、どうする事も出来なくて、仕方なく、
「八郎太郎、さらばだ」
と言って草木の村に帰って行きました。
 八郎太郎はとうとう、三十余丈(90m余)もある大きな竜に成って、十方の沢から流れ
る水を堰セき止めて十和田湖を作り、深い湖の底に住む主となりました。
 今から何千年も前の昔のことでした。

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