1701銀杏イチョウの精セイになった坊様ボサマ(小豆沢)
 
                    参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角の伝説」
 
 坊様とは、目の見えない人で、三味線を弾いたり、歌を歌ったり、昔物語を語りなが
ら門カドをかけて(家々を回って)歩く人のことです。
 昔、ある村に三味線の上手な坊様が居りました。
 ある年の秋も終わりになる頃のことでした。今の八幡平地区の小豆沢と云う処で、坊
様は朝から門かけて歩いているうちに、日が暮れて、あっと云う間に暗くなってしまい
ました。そのうちに、のそのそと雪が降って来ました。あまり降るために、坊様は道の
側にあった銀杏の木の陰に入って、雪の止むのをじっとして待っていました。
 幾ら待っていても、なかなか止まないで、益々激しく降ってきました。夜が明けても
止まないで、二日経っても三日経っても一ケ月経っても、雪は止まないで降り続きまし
た。
 そのうちに、次の年の春になってしまって、やっと降るのが止みました。可哀想に坊
様は、すっかり雪の中に閉じ込められてしまって、見えなくなってしまいました。
 
 そのことを村の人達は誰も知らないために、
「あの坊様は、何処へ消えてしまったのだろう」
と、噂になりました。
 そのうちに、周りの雪もすっかり消えてしまった頃には、坊様のことを忘れてしまっ
て、噂をする人も居らなくなってしまいました。
 それから、その年の夏も過ぎ、やがて秋が来て、銀杏の葉っぱが黄金色に輝くように
なった頃、風が吹いて葉っぱが動くと、ある雪の夜に突然居なくなってしまった坊様が
弾いていた三味線の綺麗キレイな音ネが、銀杏の葉っぱと、葉っぱの間から聞こえてきまし
た。
 それを聞くようになった村の人々達は、誰が言うともなく、
「坊様はきっと、あの雪の中に閉じ込められてしまって、出ることが出来なくなってし
まって、そのまゝ銀杏の樹キの魂(精)になってしまったのでないでしょうか」
「多分、この銀杏の樹の下で雪が降り止むのを待っていているうちに、あの大雪の中で、
凍シみてそのまゝ亡くなってしまったのでしょう」
「本当に、無情なことでしたね」
と、涙を流しながら、三味線の撥バチの形をした銀杏の葉っぱを拾い合いました。
 それからは毎年秋が来て、銀杏の葉っぱが黄金色になると、風のある日は、三味線の
綺麗な音色が、その辺りに響くようになりました。そして、何時までも、坊様のことが
思い出されて話題になりました。

[次へ進む] [バック]