0400天狗に憧アコガれた太右衛門タウエモン(夜明島)
 
                    参考:鹿角市発行「陸中の国鹿角の伝説」
 
 八幡平曙地区の奧に、夜明島渓谷と云うとても綺麗キレイな処があります。その渓流に大
きな滝が幾つもあって、屏風ビョウブのような切り立った岩とか、不思議な形をした大き
な岩などがあったり、沢も深く、昼間でも暗い処もあるような処で、昔、其処ソコに天狗
が住んで居りました。
 今(平成四年頃)から丁度四百年ばかり昔の話ですが、曙の夏井と云う処に、大石太
右衛門と云う男が居ました。この男は体も大きくがっちりしていて、力もあり、その逞
タクマしさはその辺り一帯で評判でした。この男は若い時から武者修業をして、何時イツか立
派な武士になりたいものだと思い続けていました。
 
 その男が四十才も過ぎたある年の夏の日に、
「俺も四十過ぎてしまった。何時までもこうして居られない。早く夜明島の天狗に頼ん
で、天狗のような神通力を持った武芸者にならなければならない」
と言って、夏井の家から出掛けて行きました。また、村の人達へは、
「俺、これから夜明島の天狗の処に、武者修業に行って来る。もし、そのことが叶えら
れなければ、後アト村に戻って来ない」
と言って、固い決意で夜明島の方へ向かって行きました。
 
 夜明島の渓流に沿って暫く行くと、空に向かって切り立っている高い高い岩(千丈幕
のこと)が、太右衛門の前に立ちはだかり、高い岩の上から、天からでも落ちて来るよ
うな強い勢いで、ゴーッ、ゴーッと地響きを発タてて、水の流れが落ちて来ていました。
水飛沫ミズシブキに日光が中アタると虹になって、とっても綺麗でした。
 其処は止滝トマリダキと云う大きな滝でした。太右衛門はその滝に向かって、
「南無八幡大菩薩、我に神通力を授け給え」
と手を合わせ、眼を閉じて一生懸命お祈りしました。
 暫くしたら、先程まで大きな音を発てていた滝が、急に優しい声に変わって、
「私は女滝オナゴタキだ。折角頼まれたけれども、あなたの願いを叶えてやることはできま
せん。太右衛門よ、許して給えタモレ」
と云うふうに聞こえて来ました。太右衛門はがっかりしてしまって、其処に腰を下ろす
気になったが、
「よし、それならば、もっと奧の方まで行ってみよう」
と言って、滝の脇の岩をやっと攀ヨじ登り、途中でも岩や滝壷に足を滑スベらせながら、
這ハうようにして奧へ奧へと進んで行きました。暫く行くと、前の滝の何倍も高い滝にぶ
つかりました。その滝は高さ三百尺(約百米)もある、夜明島渓谷では一番立派な茶釜
の滝でした。
 
 太右衛門はその滝の前に立って、前の時と同じように、手を合わせ、目マナクを瞑ツムって
一生懸命祈って頼みました。暫くすると、滝の音が声に変わり、
「儂ワシは、如何にも男滝だ。しかし儂は、年寄ってしまって、お前の頼みを聞いてやる
ことは出来なくなってしまった。太右衛門許して下さい」
 それを聞いた太右衛門は、歯軋ハギシりして悔しがりました。そのうちに、がっかりし
て全身から力が抜けてしまいました。仕方が無く、疲れている足を引きずるようにして、
漸く夜明島の栗根沢クリネザワのトッチャカ森まで戻って来たが、どうにも疲れて苦しくな
ってしまって、其処へどったりとへたばってしまいました。
 
 「神様にお願いし修業して、立派な強い武芸者になろうとしたけれども、聞いて貰え
ないようなので、この世の中に神様も仏様も居ないのか。夜明島に天狗が居るなんで嘘
だったのか」
と悔しがって言っているうちに、どうした弾みか屁ヘが一発出ました。その音の大きかっ
たこと、夜明島の沢いっぱいに響いて、太右衛門の心も揺すりました。
「うん、これなら、まだまだ俺の力も大したものだ。もう一回戻って頼んでみよう」
と、力を振り絞って茶釜の滝まで戻って、夜も昼も休まず続けて、何日もの間、お祈り
やお願いをし続けました。
 
 暫くした月明かりの晩バンゲ、滝が、
「太右衛門、それ程までの頼みならば、我が神通力の一端を授けよう。我れと一緒に来
い」
と言いながら、滝の化身の天狗となって現れました。

 太右衛門は、喜んで天狗の後を付いて行きました。
 それから、天狗の道場で、ハネ石、トビ石、川とび、水とか岩などを潜る血の出るよ
うな、厳しい修練が毎日続けられました。何年か過ぎたある年の一月、遂に太右衛門は
苦しい修練が叶って、十間(約十八米)も離れているハネ石やトビ石を見事に飛び跳ね
るようになりました。
 
[地図上の位置(茶釜の滝)→]

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