09 庭園と石燈籠
 
                    参考:誠文堂新光社発行「石燈籠新入門」
 
〈庭燈籠の機能〉
 庭燈籠の機能としては、一に「照明具」、二に「景物」が挙げられます。当初は石燈
籠の照明器具としての機能が必要とされましたが、それは「茶の湯と石燈籠」の項で述
べたとおり、「そこに燈がある」或いは「燈を安ずる施設・器具がそこにある」程度の機
能で充分でした。そのささやかな照明は、茶庭が要求したのでなく、茶の湯が要求した
のでした。もし石燈籠が本当に照明に役立つものならば、「面白静成体オモシロシズカナルテイ」
と云う風情などどうでも良いのです。事実、夜や朝の茶事には、照明用として、路地行
燈や手燈籠が用意されます。
 
 そうしますと、茶庭に石燈籠を持ち込むことによって、二つの課題が生じました。一
は、夜や朝用の石燈籠を、昼間にどのように処理するか、二は、夜や朝の照明に少しで
も実用出来ないか、と云うことです。
 南坊宗啓ナンボウソウケイが千利休から教わった茶道の秘事を記したと云う『南坊録ナンボウロク
』(文禄二年(1593))に、「露地の趣に随ひ、手水鉢の辺、又は木陰の闇き所に置べ
し、石燈籠の古びたるよし」とあり、これは傾聴に値します。「手水鉢の辺」は二の解
決であり、「木陰の闇き所に置べし」と「古びたるよし」は一の解決になります。つま
り、木陰の暗い所に置くことによって昼間の醜態を隠し、古びたるものによって侘びの
景物にしようと云うのです。
 その後今日に至るまで、茶庭においてはこの伝統が守られています。即ち「灯障ヒサワリ
の木」などによって、わざわざ石燈籠全体を見えないようにし、然も中潜ナカクグリ・腰掛・
蹲踞ツクバイ・躪口ニヂリグチなどに据えられます。「古びたるよし」については、その心を忘
れて、ただ古びていれば良いと単純に採り、古びかす方法が論じられたりしました。利
休の心は、景物として石燈籠を進んで観賞するところにあり、「木陰の闇き所に置べし
」についても、昼間の醜態を隠すに留まらず、含蓄と余情をもたらせるためでもあった
のです。
 
 石燈籠を手水鉢に添えて然も木陰に置くことは、永い歴史の中で茶庭の石燈籠を退屈
なものにした傾向があります。寧ろ手水鉢から完全に解放され、木陰からもある程度開
放されることによって、かえって自由な展開を見ました。つまりそれは、書院庭など一
般庭園における景物としての石燈籠です。
 石燈籠の景物としての機能には、相反する二つの面があります。一つは、利休の「古
びたるよし」によって示される環境との調和です。庭園は人工の自然です。このように
現実の自然には人工のものもあります。庭園の自然よりも人為の明らかな石燈籠を、庭
園に置くことは、ある意味でより自然なことと受け取られます。この場合の石燈籠は、
草庵や茶亭・書院など、また遠望出来る建物の一種と見なされるのです。石燈籠がこれら
の建物と同様にある程度古びておれば、結構環境との調和になります。そのために、庭
園用に造られた石燈籠の多くは初めから、平面八角・六角よりも四角、つまり建物の形に
合わせて造られました。竿が無かったり、あっても短かったりして地面に這うように据
えられたものが多く、また屋根に趣向を凝らしたものも多い。笠を民家の屋根の形にし
たもの(草屋根形)も造られました。塔の遠望を模した層塔型石燈籠を置くことは、庭
園の自然を雄大にする効果を果たしています。
 
 この庭園の自然を雄大に見せる効果は、見方によっては環境との不調和です。また、
前に述べた自然の中の人為も不調和です。本当に環境との調和を図るためなら、石燈籠
などようなものは庭園に無い方が良い。庭園に本来、石燈籠などは無かったのです。
 自然よりも、より自然に見せかけようとした庭園の景の中に、明白に人為である石燈
籠があるのは、それは他の自然の引き立て役を担っているのです。人為が明白と云うこ
とにおいて、石燈籠は庭園の異物です。人の息吹きのある大自然の中の、人為たる建物
に似て、非なる石燈籠が、庭園にあっても構わない訳です。
 
 千利休は、照明具としての機能を第一義に採り、「古びたるよし」として昼間の石燈
籠を環境に調和させようとしましたが、このことをその後も頑カタクなに守り続けたなら
ば、その後の庭燈籠の発達などはなかったと考えます。自然的素材を主とした環境との
不調和を面白がること、つまり景物としての機能を第一義とすることで、急激に発達し
ました。庭園に造形的手法を用いた古田織部部に始まり、大胆な造形を試みた小堀遠州
の頃に発達が進みました。
 景としての庭燈籠の例としては、大徳寺孤蓬庵の寄せ燈籠です。この庭は、思い切っ
て中心景に石燈籠を据えました。
 江戸時代における名物燈籠の成立と模刻も、石燈籠を庭園の中心景とするところから
生じた風潮です。
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