02a 石の華/石燈籠とは
〈石造美術と石燈籠〉
「屋外のもの」と云うことが、石燈籠の大きな特色でしたので、そのために石で造ら
れて、そして半永久的なものとなりました。石で造られているのは、決して中に燈を入
れる故の防火上の理由だけによる訳ではありません。石塔・石鳥居・手水鉢チョウズバチなど、
石造物であっても点火施設のないものが幾らもあります。何れも特別な事情のない限り、
屋外に雨晒しにされています。石燈籠を含めて、これら歴史時代の石造物を「石造美術
」と云います。歴史時代とは、文字や記録のある時代のことで、わが国では六世紀頃か
ら始まります。ところで、歴史時代の石で出来たものは何でも石造美術かと云うと、そ
うでもありません。あくまで人の手の加わった、然も造形品としての主体性のあるもの
を指します。つまり石造美術とは、「歴史時代の主体性ある石の加工品や建造物」、と
云うことになります。層塔・宝塔・多宝塔・宝篋印塔ホウキョウイントウ・五輪塔・卒塔婆ソトバ・無縫塔
ムホウトウ・石幢セキドウなどの石塔、磨崖仏マガイブツ・石材仏セキザイブツなどの石仏、石龕セキガン・石
室・石段などの建築、石鳥居・石橋などの建造物、石標・石碑・墓石などの標識、石燈籠・石
神・庚申塔・狛犬・仏足石・手水鉢などの石彫などがそれです。
歴史時代以前の石偶・石人・石馬・石棺その他石器類や、歴史時代のものでも主体性のな
い石檀・礎石・石積・石段・敷石などは参考品として扱います。
何れも石でない用材のものもある訳ですから、あえて石を用いているのは、屋外性と
耐久性を考えたためです。
わが国ではその発生を別として、偶々タマタマ石であったから屋外に放り出されたのでは
なく、屋外に置くために石で造られたのです。この屋外性が、文化財としての石造美術
の第一の特色です。一方、非石造美術の多くは、屋内の文化財(堂内文化財)です。堂
内文化財を貴族的・在朝的で然も正統的なものとするならば、堂外文化財としての石造美
術は、庶民的で文字通り在野のもの、そして異端のものと云えましょう。事実、造られ
た各々時代を通じて、その時代を超えた新しさが認められます。これを石造美術の対堂
内性と云います。
第二の特色は、第一の屋外性の故に、屋根と台がすこぶる発達している傾向のあるこ
とです。石仏や標識類にも認められますが、石燈籠や石塔類において、然も造られた年
代の下る程著しいのです。「屋根ばかりの建築」「屋根と基壇の建築」、これが日本建
築の特色だそうですが、同じく屋外のものたる石造美術も、その傾向を免れないのです。
第三が、美術品としては大きいが建築としては小さいことです。これも第一の屋外性の
故でしょう。第四が耐久性ですが、これは屋外性に含めて考えることが出来ます。第五
は、原則として石工によって造られることです。峙ソバダつ懸崖ケンガイに刻む磨崖仏も、
複雑な石燈籠も、小さな五輪塔も皆石工が刻みます。この他、既に掲げた種類によって
も窺われるように、仏教を始めとする宗教関係のものの多いことがあります。しかしこ
れは、わが国文化財共通の特色で、過去実に長い間、宗教がわが国文化の推進力だった
ことによるのです。
〈石の華〉
神社や寺院の境内に行儀よく並ぶ石燈籠、一見無造作に置かれているような庭園の石
燈籠、これらは単に石燈籠と云うより「石の華」と云う方がより適切です。神社・寺院に
一定の秩序を以て並ぶのは「手作りの石の華」、そして参道や境内はその「畑」です。
庭園のものは「野の石の華」或いは「路傍の石の華」、大きな仏殿の正面に一基だけ慎
ましく立つものは「一輪挿しの石の華」、と云えます。たとえ燈が点じられていなくて
も、燈の点じられた光景を十分に想像出来ます。燈のある想像上の石燈籠は、事実に勝
る美しさです。必要以上の光を放ち、眩マバユいばかりに「輝く石の華」・「夜の石の華」
です。
石燈籠は、石造美術の中でも「華」としての存在です。わが国石造美術の出発の頃か
ら、既にあったと考えられます。そして、立てる場所が場所だけに、設計や製作に細心
の注意が払われました。複雑な彫成部分のあることもあって、最良質の石材と最高の技
術が要求されました。今日でも、石燈籠の製作は第一級の石工の仕事とされています。
また、石造美術は、宗教によって推進される一方、拘束もされました。例えば石仏の
場合には、それが仏像である以上、成文化した造像の約束(儀軌ギキ)に従わなければな
らなかったのです。尤も、儀軌を無視するのが石仏の御家芸なのですが。
ところで、儀軌のようなもののない石燈籠は、たとえ暗黙の約束があったにしろ、比
較的自由に造られました。そして宗教の衰退期(十六世紀後半)に至って、宗教から独
立した最初の石造美術たる庭園用の石燈籠を創りました。その後は、末つぼまりな他の
石造美術を後目シリメにに、ひとり末広がりな発展を遂げます。神社・寺院の石燈籠も盛ん
になり、年代を経るごとに製作数が多くなります。製作数だけによるならば、今日こそ
全盛期と云えましょう。正しく石燈籠は「石造美術の華」なのです。
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