[詳細探訪]
 
                    このWebサイトの「ここは鹿角」「鹿角の時
                   は流れ行く」「歌枕の郷」を登載する過程に
                   おいて、「歌枕」について興味を抱きました。
                   つまり、「錦木」とか「狭布(京)の里」「
                   けふの細布」とかの歌枕について調べて見た
                   いと思いました。
                    そこで、Web検索をしたところ、片桐洋一氏
                   編世界思想社発行「歌枕を学ぶ人のために」、
                   そして同氏著笠間書院発行「歌枕歌ことば辞
                   典」を入手することになりました。
                    本稿は、「歌枕歌ことば辞典」を参考(抜
                   粋)にさせていただきました。
                    因みに、「歌枕」を題材にした、内田康夫
                   氏の推理小説を読んだことを想い出しました。
                                    SYSOP
 
〈歌枕・歌ことば〉
(1) 歌枕と歌ことば
 「歌枕を訪ねて」と云えば、歌に詠まれた名所を訪ねてと云うことであるように、歌
枕と云う語は、今では、歌に詠まれた土地、乃至は歌に詠まれた地名の意に理解されて
いる。しかし、「歌枕」とは本来はそれだけを云うものではなかった。
 例えば『梁塵秘抄リョウジンヒショウ』の今様イマヨウに、
 
 春の初めの歌枕 霞たなびく吉野山 鴬ウグヒス佐保姫サホヒメ翁草オキナグサ 花を見捨てて帰
 る雁カリ
 
とあるのを見ても、地名と地名以外のものが、一括して歌枕と呼ばれていたことが分か
る。また藤原仲実ナカザネ(1057〜1118)の著と云われる『綺語抄キゴショウ』を見ると、藤原
公任キントウの著作であったかと思われる『四条大納言歌枕』なる書が可成り多く引用され
ていることに気付くが、例えば、
 
 うらぶれて 四条大納言歌枕云、もの思ひて苦しげなるさまをいふ。
 しづたまき 四条大納言歌枕には、いやしき人のたましゐをいふと云々。可尋。
 
などとあって、ここでも地名以外の歌語が「歌枕」と呼ばれる書物の中に含まれていた
ことを知るのである。
 『四条大納言歌枕』と同じように『 − 歌枕』と呼称されている現存の歌学書はと言
えば『能因歌枕』を措いて他にない。今、中間部分に脱落がある故に略本と呼ばれてい
る本ではなく、広本によって示せば、
 
 天地をば、あめつちといふ。
 道 たまぼこといふ。
 寄る ぬばたまといふ。又ぬまたまといふ。むまたまといふ。又くらし。
 
と云う形で叙述が始まり、
 
 関をよまば、あふさかの関・白河の関・衣の関・ふはの関などよむべし。
 河をよまば、よしの川・たつた川・おほゐ川などよむべし。
 
などと地名が含まれることもあるが、付録的部分に「国々の所々名」として、
 
 山城国 音羽山・ふしみ山・ふか草・稲荷山・石清水・賀茂の社
 
などを挙げている他は、「水くきとは、筆をいふ。しきたへとは、まくらをいふ」と云
うような一般的歌語が中心になっていて、「歌枕」の本義が、歌を詠むための基本的歌
語のことであり、地名もまたその一部に含まれていたことを知るのである。
 
 しかし一方、能因(988〜1050?)より六十年程後の源俊頼トシヨリ(1055〜1129?)の『
俊頼髄脳ズイノウ』には「世に歌枕といひて所の名かきたる物あり」とあり、更に五十年余
り後の藤原範兼ノリカネ(1107〜1165)の『五代集歌枕』になると、地名を含んだ歌ばかり
一八八三首を、山・嶺 − 野・沢 − 社・寺 − 海・江 − 浜・潟 − 道・橋などに分けて配
列している。歌語一般を歌枕と賞する時代から名所歌枕だけを歌枕と賞する時代に、重
なり合いながら少しずつ変わって行ったと云うことなのであるが、一条天皇が、殿上で
争った藤原実方に対して「歌枕見て参れ」と命令したと云う『古事談コジダン』や『十訓
抄ジッキンショウ』の記述は、一条天皇の言葉ではなく、両集の時代の記述であると考えれば、
十分に納得出来るのである。
 地名だけに限らず広義の歌枕の意に解しても、地名だけに限って狭義の歌枕即ち名所
歌枕のことに解しても、これらの語が、単に和歌に用いられる語と云うだけでなく、正
に歌の枕と称するに相応しく、和歌表現の前提となり、一首全体を統括する重要な"歌こ
とば"であったことは、以上のようにはっきりしているのである。
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