206 遊戯考[聞香]
参考:吉川弘文館発行「古事類苑」
[聞香ブンカウ]
香のことは、支那の書には古くより見えたれども、皇国にては推古天皇の朝、沈水の淡
路島に漂著せしを以て始とす。
其の後海外交通の路漸く開け、僧徒賈客の携へ帰り齎し来るありて、其の種類甚だ多し。
初は仏事にのみ用ゐしが如くなれど、延喜天暦の頃より、宮中にて薫物合タキモノアハセと云ふ
こと行はる。
薫物とは香の事にて、是れ香を聞き戯とする始なり。
薫物合とは、歌合絵合の如きものにて、一に香合と云ふ。
左右曹を分ち、合剤の浅深厚薄に由りて、判者其の優劣を決し、勝敗を定むるなり。
其の合剤の香を称して合香と云ふ。
合香は支那より起りて、嵯峨淳和の朝の頃には、既に藤原冬嗣、賀陽親王等の方あり。
梅花荷葉等の名ありしなり。
此香合は、歳月を経るに随ひ漸く盛になりしが、其の後名香合、組香と云ふこと出で来
り。
坐作進退より筵席器具まで悉く法式を設け、師承を経ざれば知ること能はざるに至る。
名香合は、単に沈水のみを以て優劣を争ふことにて、香気尾烟は勿論にて、香主の命じ
たる香の名の雅俗も勝敗に関係するなり。
蓋し名香合は足利の初に起る所にして、世に伝へて佐々木道誉に始まるとす。
組香は数種の香を聞きて、其の同異を鑑識するものにして、足利氏の末に起り、其の最
も古きものを十主(火偏+主)香とす。
且く十主香に就きて組香の状を言はんに、初に香本(香を出す人にて、初には火本と云
ひしなり)より三種の香を出し、之を聞かしむ。
是を試と云ふ。即ち第一に聞きしを一の香とし、第二に聞きしを二の香とし、第三に聞
きしを三の香とす。
更に三種の香名三封、別種の香一封、合せて四種十封の香を次序を乱して出すなり。
其の三種三封は初に試みし一二三の香にして、別種一封は未だ試みざるものなり。之を
客と云ふ。
さて香を焚きて之を聞くに、初に聞きたるものを以て、前に試みし所の一の香と思へば、
一の札を筒に入れ、二の香、三の香と思へば、二の札、三の札を入れ、未だ試みざる香
と思へば客の札を入る。
此の如くして、鑑識し得たるの多少を以て勝敗を為すなり。
また無試十主香あり。
初に其の試なくして、直に三種の香各々一封、別種の香一封を出して之を聞かしむ。
即ち第一に聞くものを一と為して一の札を入れ、第二に聞くもの一と同香と思へば一と
し、同じからずと思へば二とし、第三に聞くもの亦一と同香と思へば一とし、二と同香
と思へば二とし、一二と異なりと思へば三とし、第四に聞くもの一二三と同香と思へば
一二三とし、異香と思へば客とす。
而して一二三と為したる香の中、再び出でざるときは是を初客、二客、三客とす。即ち
香本の客なり。
十主香の札は、十枚なれど無試十主香は十二枚にして、同種の札の二枚余れるは是が為
にして、其の余れるものを以て客とするなり。
此余組香には競馬香、源氏香など数十種あれど、多くは晩出せるものにて、世に謂ゆる
香の図は、源氏香より出でたるなり。
要するに薫物合、名香合、組香は皆香合にして、薫物合は合剤の巧拙を争ひ、名香合は
香質の佳悪を競ひ、組香は鼻識を以て輸贏シュエイ(勝負)を決するものなり。
聞香には流派あり。
三条西実隆文亀ブンキの頃に在りて、殊に此芸に通じ、父子三世相伝へ、其の教を奉ずる
者多くして、其の流を御家流と称し、後来志野流、建部流、米川流の類、其の源は皆三
条西に出でたりと云ふ。
此芸は香道とも称し、茶湯と並び行はれて香茶と云へりしが、今は茶湯を好むものは多
けれど、香道は大に衰へたり。
聞香に用ゐる具には、香合、火取、香箸、また香嚢匂袋花袋等あり。
くさのかう
草のかう色かはりぬる白露は 心おきてもおもふべきかな
(古今和歌六帖 六草 伊勢)
合香
のりの為つみける花をかずかずに 今はこのよのかたみとぞ思ふ
(後拾遺和歌集 選子内親王)
いかでかはゆきておるべきいろいろに むらごににほふつちはりの花(経信卿母集)
香具
たきものゝくゆるけぶりの下むせび 我ひとりとや身をこがすらん
(新撰六帖 五 為家)
雑載
あふさかもはてはゆきゝのせきもゐず たづねてとひこきなばかへさじ
(栄花物語 一月の宴)
たまだれのみすのうちよりいでしかば そらだきもの(虚薫物)とたれもしりにき
(袋草紙 三)
[詳細探訪(香木と香道)]
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