14a 楽舞考[大鼓・鞨鼓・鶏婁鼓・壱鼓・鉦鼓・方磬・拍子・楽舞雑載]
 
[鶏婁鼓]
鶏婁鼓は、字また奚婁、奚樓等に作る、これをケイル、またケイロウと称するは字音な
り。
革面の径六寸、銀地に黒彩を為し、周縁を余して、匡に冒らしむる者二寸強、鉄釘を以
て之を緊収す。匡の長さ六寸、中腰の径七寸、金地に彩を為し、左右に鐶を設けて黄条
を施し、以て頚に懸くるに擬す。撃つに一桴を用ゐる、桴の長さ一尺二寸なり。
 
發(兆冠+發)鼓は、一名を發牢と云ひ、或は卑(鼓冠+卑)鼓といふ。發また召(革
偏+召)に作り、卑(鼓冠+卑)また卑(革偏+卑)につくる。これをフリツヅミと称
し、振鼓、揺鼓等の字を用ゐる、振りて声を為すを以てなり。
其の製、木を以て両小鼓を貫く、革面の径二寸五分、銀地に黒彩を為す。匡の長さ三寸
五分、柄の長さ一尺八寸、並に唐木を用ゐ、螺鈿の雲象を嵌す。其の柄、鼓上に抽け出
づること三寸、匡の左右に鐶を設け、紐の長さ二寸なるを施し、其の端に小珠を繋ぐ(
大さ小豆の如し、両鼓合せて四顆)、柄を以て之を揺れば、珠自ら還り繋ちて声を為す
なり。
 
凡そ鶏婁鼓、發(兆冠+發)鼓の二器は、必ず一人の奏する所なり。先づ胸に鶏婁を革
面を上にして懸け、左手に發を執り、右手に桴を持つ。其の法、大鼓の左桴に合せて發
を振り、右桴と斎しく鶏婁を撃つなり。
惟行列参向、及び一曲(舞曲の名)にこれを用ゐるのみ、其の拍節は、壱鼓と同じ。
 
ふりつゝみ
いけもふりつゝみくつれて水もなし むべかつまたに鳥のゐざらん
                          (続詞花和歌集 十九物名)
 
[壱鼓]
壱鼓イッコは、二鼓、三鼓と共に、其の匡は口濶ヒロく中腰窄セマし、故にまた並に之を細腰鼓
とも称す。
壱鼓は革面の径八寸、縁に八孔を穿ち、紅条を貫きて面を約す。匡の長さ一尺二寸、口
径五寸三分、撃つに木桴を用ゐる。
壱鼓、二鼓、三鼓、次第に大にして、製作形状略々同じ。
壱鼓は頚に懸け、右手に桴を執て之を撃つ。其の譜に志帝シテイの二字を用ゐ、志は左桴に
して、帝は右桴なり。
 
二鼓ニノツヅミは、頚に懸け、一桴を以て之を撃つ。其の器今亡びて伝はらず。
三鼓サンノツヅミは、趺を設けず。初め伎楽に用ゐしが故に呉鼓クレツヅミの名あり。後、高麗楽
に用ゐて楽を節す(初は唐楽にも、古楽には之を用ゐたり)。猶ほ唐楽に鞨鼓あるが如
し。古へ手にて之を撃つ。後世換ふるに桴を以てす。其の譜亦志帝の二字を用ゐ、以て
桴の左右を識るす。近時は惟左桴を用ゐ、右手は調緒を按ずるのみ、亦一変なり。
四鼓はまた大鼓と云ひ、之をシノツヅミ、またオホツヅミと称す。其の制三鼓よりも稍
々大にして、之を古楽に用ゐたりと云ふ。蓋し細腰鼓の属なり。其の器今亡びたるを以
て、声調拍節の如き、攷ふるに由なし。
 
[鉦鼓]
鉦鼓シャウゴは、金器にして、今用ゐる所の者に釣鉦鼓、荷鉦鼓、大鉦鼓の三種あり。
釣鉦鼓は、単に鉦鼓と称す。其の形円し、青銅を以て之を作る。径五寸、高さ八分五厘、
厚さ一分半、前面は隆起し、背後は漸く凹く、正中は正平なり、是を撃つ処と為す。
左右の縁に耳あり、条を施して架に繋く。架は木を以て輪を作り、内径九寸とす。上に
鉤を施して鉦を懸け、左右に鐶を施して、両耳の条を結ぶ。前面また鉤ありて桴を懸け、
外辺の上に火形を作り、左部は雲龍、右部は鳳凰を彫る。輪の下に柱を施し、柱を承る
に趺を以てし、柱の上下に雲形を刻す。総高さ二尺三寸半、木桴二、長さ一尺四寸、頭
に水牛角の円径八分許なるを施す。
御遊及び尋常の舞楽に之を用ゐる。凡そ金革の属、並に台架あり、謂ゆる巽(竹冠+巽
)虚(竹冠+虚)シュンキョなり。
 
荷鉦鼓は鍮石シンチウを以て之を作る。其の形釣鉦鼓に同じ、径八寸、高さ厚さ之に準ず。
外輪の広さ二尺、長さ三尺五寸、内径一尺二寸、鉦を懸くること釣鉦鼓の如し。外面に
雲象を彫り、中に宝珠及び雲龍を彫る。左右並に上に傚ふ。外辺に火焔を刻み、朱彩を
加ふ。棒を以て火焔を貫きて之を担ふ、荷鉦鼓の名因て起る。棒の長さ七尺、桴の長さ
一尺半、之を道楽に用ゐる。
大鉦鼓は径一尺二寸、形質は荷鉦鼓の如し。台架あり、架輪の内径一尺八寸、彫絵皆上
に準ず。総濶さ三尺許、高さ五尺、之を台の上に植つ。台の高さ二尺、方三尺七寸、塗
るに黒漆を以てし、四面に欄を設く、高さ九寸、四隅の柱頭に擬宝珠を附く。柱凡そ十
八、柱毎に流蘇アゲマキを装し、欄下に幔を張り、これを庭上に安じ、立ながら之を撃つ。
桴の長さ一尺七寸、大大鼓と相対して、大儀及び大祀の舞楽に之を用ゐる。
 
鉦鼓の譜、左右二桴、共に生(或は金)の字を用ゐる。唱歌には、左桴に久と謂ひ、右
桴に礼と謂ふ。また三鼓の一に居り、声楽の節を為し、楽の遅速を定むる者、尤も其の
人を選ばざるべからず。
凡そ鉦鼓は、響なきを以て善とす、乃ち之を撃て桴を離さゞれば、其の響石音に似ると
云ふ。
其の名器に無耳ミミナシ鈴虫等ありき。
 
銅鉢子は、本と西域より出づ、邦語にドウバチシ、又はドビャウシと云ひ、字も亦銅拍
子、土拍子等に作る。
製するに鍮石シンチウを以てし、円径数寸、大なる者は尺余に至る。隠起ありて浮泡の如し。
柄なく、韋を以て之を貫き、相撃て以て楽に和す。
古来迦陵頻の舞に用ゐる者は、これ其の小器にして、今専ら仏家に用ふる所の鐃鉢ネウハチ
と称する者、其の大器なりと云ふ。
 
鐸は、古語に之をサナギと云ひ、或はヌリデ、ヌデ、またオホスズとも称す。
太古天照大神の天岩戸に隠り給ひし時、群神相議り、天目一箇神に鉄を以て鐸を作らし
め、天鈿女命に、鐸を著けたる矛を執らしめ、相与に歌舞を為し、、神慍を解きたりと
云ふ。
後世神事に鈴を用ゐる者、即ち其の遺風なり。
 
鐸ヌリデ・ヌデ
あさぢはら をそねをすぎ もゝつたふ ぬでゆらげもよ おきめくらしも
                            (日本書紀 十五顕宗)
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