12 楽舞考[琵琶・三線]
 
[琵琶]
琵琶は、字或は比巴に作り、また枇杷、卑(鼓冠+卑)婆等に作る。一に国腹と曰ひ、
また三五と曰ふ。
西土伝来の楽器にして、本と胡中より出ず。故にまた胡琴の名あり。
本邦之をビハと云ひ、またヨツノヲとも称す。
此器其の伝来を詳にせざれども、天平勝宝八歳に録せし東大寺献物帳に、琵琶二面あり。
また宝亀十一年に記せし西大寺資財帳に、琵琶七面を載せたれば、奈良の朝には既に此
器の在りしを知るべし。
 
其の器たる、体円く、頚長く、首曲り、長さ三尺五寸、弾ずるに木撥を用ゐる。
槽に遠山あり、面に半月、隠月、覆手、撥面あり。其の両側を落帯と曰ふ。柱を施す所
を鹿頚と曰ひ、承絃、転手、反手、海老尾之に属す。
凡そ琵琶を造る、其の材一ならず。槽は紫檀、若しくは紫藤、花櫚クワリン、桑等を用ゐ、
面は必ず沢栗サハグリ(一名シホヂ、橡の類)を用ゐ、鹿頭、承絃、覆手は唐木を用ゐ、海
老尾は黄楊或は白檀を用ゐ、転手は花櫚、或は桜、紫檀を用ゐ、撥は黄楊、若しくは水
牛角を用ゐ、柱は必ず桧を用ゐ、撥面及び落帯は、黒韋或は青皮を貼す。
 
琵琶は四柱四琴にして、柱を按ずる者十六、按ぜざる者四、総て二十声、故に絃毎に、
譜字五あり。第一絃を一イチ工ク凡ボウフシウ斗トと曰ひ、第二琴を乙オツ下ゲ十ジフレビココウ、
第三絃をクギャウ七シチ匕ヒ〃ゴン之シ(之は丶の無い之)、第四絃を亠ジャウ八ハチ亅ボク厶セン也ヤ
と曰ふ。その一乙ク亠丿四は、柱を按ぜず。故に散声と称す。工下七八は、左手の食指、
凡十匕亅は中指(凡は親指)、フレ〃厶は無名指、斗コ之也は小指を以て按ず。其の絃
を調ぶるや、皆散声を以て宮音を定め、柱を按ずる絃と通じて之を理む。
 
例へば壱越呂旋に理むるには、先づ二絃を宮音に定め、次に二より四絃の徴音を生じ、
次に四より三絃の商音を生じ、次に四より一絃の徴音を生ずるが如し。是に於て左手に
斗を按じて、右手に二一の絃を撫し、之を按じて四三の絃を撫し、以て其の調を定む。
その配音を、一 黄鐘 乙 壱越 ク 平調 亠 黄鐘以上散声 工 盤渉 下 平調 七 
下無 八 盤渉巳上第一柱 凡 神仙 十 勝絶 匕 双調 亅 神仙以上第二柱 フ 上無 
レ 下無 〃 鳬鐘 厶 上無以上第三柱 斗 双調 コ 双調 之 黄鐘 也 壱越以上第四
柱と為す。
他調準じて知る可し。
琵琶の調たる極て多し。夜鶴庭訓抄に、二十六調を載せ、陳暘楽書に、八十四調あり。
今伶家に伝ふる所、凡そ七調あり。双調 壱越、黄鐘調 平調、返風香調 双調、風香調 
黄鐘、水調、平調 盤渉、返黄鐘調 太食、是なり。
其の名器に、玄上、牧馬、青山、井手、渭橋等ありて、皆朝家の重器とせし所なりと云
ふ。
 
阮咸はまた阮咸琵琶とも称す。晋の阮咸が造る所なりと云ふ。
東大寺献物帳に、阮咸一面を載す。以て伝来の久しきを証するに足る。其の器たる、長
さ一尺九寸、琵琶に似て、而して身正円なり。故にまた月琴の名あり。旧制四絃、後ち
一絃を加ふ。凡そ五絃、其の名を金木水火土と為し、十三柱を施して、以て声調を諧ふ。
此技延喜承平の頃には、猶ほ盛に行はれたりしが、後世遂に廃絶に帰せり。
 
五絃も亦西土伝来の楽器にして、其の形制、琵琶に似て小なり。原と弾ずるに木撥を用
ゐる。李唐の世、始て手弾の法あり。因てまた、芻(手偏+芻)琵琶とも称せり。其の
絃名を宮商角徴羽と曰ふと云ふ。今東大寺正倉院に螺鈿紫檀五絃琵琶一面を蔵す。其の
名は既に天平勝宝八歳に録する所の同寺献物帳に見えたれば、伝来の久しき、以て証す
べし。
 
よつの緒に思ふ心をしらべつゝ ひきありけどもしる人もなし(兼盛集)
 
道をゆづる君にひかれて四の緒の そのねも高き名をぞあげぬる
                    (玉葉和歌集 十六雑 入道前太政大臣)
 
ちりをこそすへじと思ひし四の緒に 老のなみだをのごひけるかな
                            (古今著聞集 五和歌)
 
教習相伝
世中はとてもかくてもすぐしてん みやもわらやもはてしなければ
逢坂の関のあらしのはげしきに しひてぞゐたる世をすぐすとて(江談抄 三雑事)
 
[三線]
三線はサミセン、又はシャミセンと云ふ。因て字或は三味線に作り、また三尾線、三皮
線等とも書せり。
此器は、永禄年間、琉球より入りしと云ふ。
其の製は、花梨クワリン、鉄刀木タガヤサン、紫檀、諸(木偏+諸)カシ、樟の類にて作りたる方
形の胴の両面に、猫皮を貼り、棹の長さ二尺余にして、三条の絃を張れり。絃を纏きて、
調子を司るものを転手、また転軫と称す。転手の上に海老尾エビヲあり。初は其の状琵琶
の海老尾の如く、頗る大なりしが、古近江善兵衛と云ふ名工出でゝより、漸々此器を改
作し、今の如くになりしと云ふ。また棹を両段に分ち、或は三段に分つものを接棹ツギ
ザヲと云ふ。元文の頃より、既に世に行はれたり。
三線の撥は木製、又は象牙、水牛等にて製せり。
 
此器長唄、一中、義太夫、常磐津等の各派の分るゝに随ひ、太棹、中棹、細棹の別を生
じ、其の名器に至りては、数十金を直するものあり。
此技、初は琵琶法師の手に弄ばれしが、名人次第に輩出して、種々の曲譜を作り、節付
を為し、小唄長唄などに合せて弾く事となり。
終に本手組、端手組、琉球組など云ふ事も定まりしが如し。
然れども初は唯唱歌の声の絶えたるに補ふまでにて、繁手なるは無かりしが、後世は手
事テゴトなど称へて、一種の煩雑なる弾法を生じ、遂に大に世上に行はるゝに至れり。
 
月琴ゲッキンは、支那伝来の楽器にして、形琵琶に類し、四絃十二柱なり。撥を以て之を弾
ず。
 
胡弓コキウは、鼓弓又は小弓の字を用ゐる。
胡弓は琉球より伝へし楽器にして、小弓に馬の尾を張り、以て小形の三線の絃を摩して、
節奏するものなり。
 
三味線教習
引習ひ糸をあはせむとおもふなよ すみだにあへばいとはあふなり(糸竹初心集 下)
 
雑載
きかせばやいにしへ人に三のをの みつのしらべをこゝろひくやと(玉勝間 七)

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