38 渡を詠める和歌
 
                       参考:吉川弘文館発行「古事類苑」
 
△渡ワタリ・ワタシ
この川ゆ船は行くべくありといへど 渡瀬ワタリセごとに守人モルヒト有るを
                              (萬葉集 七譬喩歌)
天漢アマノガハ渡瀬ワタリセ深み船うけて こぎ来る君がかぢの音ト聞こゆ(同 十秋雑歌)
川ぎりにわたせもみえず遠近の 岸に舟呼ぶ声ばかりして
                 (堀河院御時百首和歌 阿闍梨伝燈大法師隆源)
かち人のわたせの波も道たえて にふのかはらの五月雨の比コロ
                  (夫木和歌抄 二十四河 常磐井入道太政大臣)
 
うさかがはわたるせおほみこのあが馬マの あがきのみづにきぬぬれにけり
                                (萬葉集 十七)
はつせ川渡る瀬さへや濁るらん よにすみ難き我身と思へば
                            (後撰和歌集 十九羇旅)
天漢アマノガハこぞの渡りばうつろへば 河瀬をふむに夜ぞふけにける(萬葉集 十秋雑歌)
 
△歩渡カチワタリ
かち人のわたれどぬれぬえにしあれば 又あふさかの関はこへなん(伊勢物語 下)
いかゞせん此五月雨に北川の あさ瀬ふみ渡る人なかりせば
しまの原川せの浪のかちわたり たやまごえをばよそになしつゝ(以上 藤河の記)
天河アマノガハ足アぬらし渡り君が手に いまだまかねば夜のふけぬらく
                              (萬葉集 十秋雑歌)
 
皆人にふみみせけりなみなせ川 其わたりこそまづは浅けれ
                       (後撰和歌集 十七雑 読人しらず)
しみこほる諏訪のとなかのかちわたり うちとけられぬ世にもふるかな
                        (散木葉謌集 九雑 沙弥能貪上)
かちわたりやすの河よど行こまに なみもせごしの五月雨の比コロ
                       (夫木和歌抄 二十四河 信実朝臣)
大ゐ川おりゐる鷺の立跡を あさせと見つゝ渡るかち人
                         (松葉名所和歌集 八於 隆祐)
△船渡フナワタリ
夕されば霧たどたどし河の名の くゐせもとめて舟やつながん(覧富士記)
天漢アマノガハ水さへに照る舟フナわたり 舟こぐ人に妹と見えきや(萬葉集 十秋雑歌)
霧ふかきこがのわたりのわたしもり きしのふなつき思ひさだめよ
                       (夫木和歌抄 二十六渡 西行上人)
はや河のせぎりあやうき舟わたり そがひにむかへ道とほくとも(新撰六帖 三 行家)
 
△篭渡カゴノワタリ
身をすてゝかごの渡をせしときも 君ばかりこそわすれざりしか
                      (夫木和歌抄 二十六渡 大僧正快修)
波分しまなし堅間のふることも 斐太にありてふ渡りにぞ思ふ(閑田耕筆 一)
神の代の目なしかたまの小船すら 水なき空をわたりやはせし
見るだにもあやふきものをのるかごの めもくるめかず渡る里人(以上 稲葉集 下)
いたづらにやすく過きぬ山ぶしの かごのわたりもあればあるよに
                        (夫木和歌抄 二十六衣笠内大臣)
 
我恋はかごのわたりの綱手なは たゆたふ心やむ時もなし(金槐和歌集 恋)
みちのくのとづなのはしにくるつなの たえずも人にいひ渡るかな
                       (千載和歌集 十二恋 前参議親隆)
あづまぢやとづなの橋もうちはへて いくへの雪の下にくつらし
                     (夫木和歌抄 二十一橋 従二位家隆卿)
東路のとづなのはしのくるしとも 思ひしらでや世を渡るらん
                       (新拾遺和歌集 十九雑 藤原宗遠)
 
△渡守ワタリモリ
はし姫の心をくみてたかせさす さほのしづくに袖ぞぬれぬる
さしかへる宇治の川おさあさ夕の 雫や袖をくだしはつらん
                         (以上 源氏物語 四十五橋姫)
ひをのぼる瀬々のあじろにことよせて わたりすゝむる宇治の川長
                             (新撰六帖 三 行家)
渡守ワタリモリ船わたせをと呼ぶこゑの いたらねばかも梶カジのおとせす
                              (萬葉集 十秋雑歌)
 
あまてらす かみの御代より やすのかは なかにへだてゝ むかひたち そでふりか
はし いきのをに なげかすこら わたりもり ふねもまうけず はしだにも わたし
てあらば そのへゆも いゆきわたらし 中略(萬葉集 十八)
久方のあまのかはらのわたし守 君渡りなばかぢかくしてよ
                        (古今和歌集 四秋 読人しらず)
うしとても猶しかすがの渡守 しるべもなみのよるべしらせよ(内裏名所百首 恋)
朝まだきよどのわたりのわたし守 霞のそこに船よばふなり(拾玉集 六)
 
もみぢ葉のうつろふみつの渡もり 風はゆきゝにいとふのもかは
                    (夫木和歌抄 二十六渡 前大納言伊平卿)
わたしもりちかひの舟は心せよ のりかたぶくる人もこそあれ
                       (夫木和歌抄 三十三船 信実朝臣)
櫻川花にゆるさぬふなどこを をしてはいかゞわたるはる風
                           (三十二番職人歌合 渡守)
渡し守ゆきゝにまもるくゐせ川 月の兎もよるや待らん(藤河の記)
をちかへりみなはさかまく岩ぶちの みどりを分て渡す舟人(平安紀行)
ふねのうちにつむは何ぞとわたし守 いはではたゞにすぐさゞりけり(己未紀行)
 
△渡船ワタシブネ・布施屋フセヤ
古昔イニシヘに ありけむ人の 倭文幡シヅハタの 帯ときかへて 廬屋フセヤ立て 妻問ツマドひ
しけむ かつしかの まゝのてこなが おくつきを こゝとは聞けど 真木マキの葉や
茂りたるらむ 松が根や 遠く久しき 言コトのみも なのみも 吾れは 忘らえなくに
                               (萬葉集 三挽歌)
わくらばや ひとゝはあるを ひとなみに あれもなれるを 中略 ふせいほの まげ
いほの内に ひたつちに 藁解き敷きて 下略(同 五雑歌)
かるうすは田廬タブセのもとに吾がせこは にふゞにゑみて立ちませり見ゆ
                            (同 十六有由縁并雑歌)
 
そのはらやふせ屋におふるはゝき木の ありとはみれどあはぬ君かな
山田もるきそのふせやに風吹かば あぜづたひしてうつゝをとなふ
                             (以上 袖中抄 十九)
渡し舟棹さす道に泉川 けふより旅の衣かせ山(藤河の記)
 
わたし舟ゆたのたゆたにしかすがは たび人わたす渡なりけり
                      (夫木和歌抄 二十六道 よみ人不知)
わたり舟それとも見えず朝ぼらけ みつのをかけてかすむ河浪
                         (同 三十三船 従二位家隆卿)
紀伊のうみのゆらのとあるゝわたり舟 我身さきよりいてかひもなし
                               (同 民部卿為家)
猶しばしよどの河せの月をみん わたしをぶねはこぎなつけそも(同 信実朝臣)
 
△雑載
天漢アマノガハ安ヤスの渡りに船浮けて 秋立つ待つと妹に告げこそ(萬葉集 十秋雑歌)
天漢アマノガハ渡り瀬深み船うけて こぎ来る君がかぢの音ト聞こゆ(同)
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