32 高山を詠める和歌
参考:吉川弘文館発行「古事類苑」
△山城国鞍馬山
ともすらんかたゞにみえずくらま山 きぶねの宮にとまりしぬべし(赤染衛門集)
△大和国吉野山
よき人のよしとよく見てよしと言ひし 芳野ヨシヌよく見よよき人よくみつ
(萬葉集 一雑歌)
み吉野ヨシヌの みゝがの嶺に 時なくぞ 雪はふりける ひま無くぞ 雨はふりける そ
の雪の 時無きがごと その雨の ひま無きがごと くまも落ちず もひつゝぞ来コし
その山道を(同)
み芳野の みゝがの山に ときじくぞ 雪はふるとふ ひま無くぞ 雨はふるとふ そ
の雪の 時じくがごと その雨の ひま無きがごと くまもおちず 思ひつゝぞ来し
その山道を(同)
やすみしゝ 吾が大王の きこしめす 天下に 国はしも さはに有れども 山川の
清き河内カフチと 御心を 吉野ヨシヌの国の 花散らふ 秋津の野辺に 宮柱ミヤバシラ ふと
しきませば 百しきの 大宮人は 船なめて あさ川渡り 舟フナぎほひ 夕河渡る こ
の川の 絶ゆる事なく この山の 高からし いはゞしる 滝タギの宮子ミヤコは 見れど
あかぬかも(同)
見れどあかぬ吉野ヨシヌの河の常滑トコナメの 絶ゆる事無く復マタかへり見む(同)
み吉野ヨシノの 御金ミカネのたけに ひま無くぞ 雨はふるとふ 時じくぞ 雪はふるとふ
その雨の ひま無きがごと その雪の 時ならぬごと ひまもおちず 吾れはぞ恋ふる
妹がまさかに(同 十三雑歌)
もろこしのよしのゝ山にこもるとも をくれんと思われならなくに
(古今和歌集 十九誹諧)
△同 生駒山
妹がりと馬に鞍置きて射駒山イコマヤマ うち越え来れば紅葉モミヂ散りつゝ
(萬葉集 十秋雑)
△駿河国富士山
さぬらくはたまのをばかりこふらくは ふじのたかねのなるさはのごと(袖中抄 七)
たが方になびきはてゝか富士のねの 煙の末のみえずなるらん
いつの世のふもとの塵かふじの嶺を 雪さへ高き山となしけん(以上 十六夜日記)
ふじの雪とけて硯の墨衣 かしくは筆のをはりなりけり(仮名世説)
天地の 分かれし時ゆ 神カムさびて 高く貴き 駿河スルガなる ふじの高嶺を 天原アマノ
ハラ ふりさけ見れば わたる日の 陰カゲも隠ろひ 照る月の 光りも見えず 白雲も
いゆきはばかり 時じくぞ 雪はふりける 語りつぎ 言ひ継ぎゆかむ ふじの高嶺は
(萬葉集 三雑歌)
田児タコの浦ゆ打ち出でゝ見れば真白にぞ ふじの高嶺に雪はふりける(同)
なまよみの 甲斐の国 打ちよする 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立て
る ふじの高嶺は 天雲も いゆきはばかり 飛鳥トブトリも とびものぼらず もゆる火
を 雪もてけち ふる雪を 火もてけちつゝ 言ひかねて 名づけも知らに あやしく
も います神かも せの海と 名づけて有るも かの山の つつめる海ぞ ふじ河と
人の渡るも その山の 水のたぎちぞ 日本ヒノモトの やまとの国の 鎮めとも います
神かも 宝とも なれる山かも 駿河なる ふじの高峯は 見れどあかぬかも
(同 三雑歌)
あまのはらふじのしはやまこのくれの ときゆつりなばあはずかもあらむ
ふじのねのいやとほながきやまぢをも いもがりとへばけによはずきぬ
かすみゐるふじのやまべにわがきなば いづちむきてかいもがなげかむ
さぬらくばたまのをばかりこふらくば ふじのたかねのなるさはのごと
(以上 同 十四東歌)
まかなしみぬらくはしけらくならくは いづのたかねのなるさはなすよ(同)
あへらくばたまのをしけやこふらくば ふじのたかねにふるゆきなすも(同)
時しらぬ山はふじのねいつとてか かのこまだらに雪のふるらん(伊勢物語 上)
見渡せば雲ゐはるかに雪白し 富士の高根の曙の空(金槐和歌集)
言のはの道も及はぬふじのねを いかで都の人に語らん
俤オモカゲのかはるふじのね時しらぬ 山とは誰かいふべあけぼの
遠ざかりゆけばま近く見えて鳧ケリ 外山を空に登るふじのね(以上 廻国雑記)
いく千代といはふ心をするがなる ふじのくすりをもとめまくほし
ありてうき身のさがなさにおもふかな ふじのくすりもやきすてし世を
ふじの雪におもひもいでよ見そめてし 二十あまりの山の端の月
なれよ富士雲の上までいやたかき 名のまことをもしかれとぞおもふ
(以上 士峯録 一倭歌)
ふじのねやのどかにわたる春風も たゞ世のなかのあらしなるらん
うつしゑの筆かぎりある不二のねを かぎりもあるらぬ雲井にぞ見る
もろこしの人にとはゞやふじのねの 外には山のありやなしやと
かたるにもよむにも尽きぬ言の葉の 不二の山としよにつもるらん
西の海やもろこしさして行く船の うへにもふじはいくかみるらん
山をぬく人にはありともふじのねを 見ては及ばぬものとしるらん
わすれてはそらにも雪のつもるかと 見れば雲間にはるゝふじのね
積りしはきのふのもちに消えはてゝ けさみなづきの不二のはつ雪
うつしゑを見るごとなれやふじのたけ また見るごとに写絵もあり
するがなるふじのたかねはいかづちの 音する雲のうへにこそ見れ
ふじのねのふもとをいでゝ行く雲は 足柄山のみねにかゝれり
いつのよのちりひぢよりかなりいでゝ 不二ははちすの花と見ゆらん
きゝしよりも思ひしよりもみしよりも のぼりて高き山はふじの根
ふる雪にうづもれながらたかき名の 四方にかくれぬ山はふじのね
いづくよりむかふもおなじおもてもて 空にそむかぬ山はふじのね
ひさかたの空に月日をみすまるの 玉とうながせるふじの山姫
天地のあしけき気をばしら雪の よけて世をふる山はふじのね
世の中の山てふ山をかさぬとも 不尽のみたけにきそひあへんやは
天のはらてるひのちかき不尽のねに 今も神代の雪はのこれり
はこねぢや神のみさかをこえきても なほふじのねは雲井なりけり
こゝろあてに見し白雲はふもとにて 思はぬ空にはるゝ不二のね
神世より雪にみがける山なれば いひけがすべき言の葉もなし(以上 泊泊筆話)
かぎり無き山を幾重かながめ来て それぞとしるき雪の富士の根(桂林漫録)
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