112 「羽易ハガイの山」
○うつせみと 思ひし時に 取り持ちて わが二人見し
走出ハシリデの 堤に立てる 槻ツキの木の こちごちの枝エの
春の葉の 茂きが如く 思へりし 妹イモにはあれど
頼めりし 子らにはあれど 世の中を 背きし得ねば
かぎろひの もゆる荒野アラノに 白妙の 天領巾アマヒレ隠ガクり
鳥じもの 朝立ちいまして 入日なす 隠りにしかば
吾妹子ワギモコが 形見に置ける みどり子の 乞ひ泣く毎に
取り与ふる 物しなければ 男じもり 腋ばさみもち
吾妹子と 二人わが寝し 枕づく つま屋のうちに
昼はも うらさびくらし 夜はも 息づきあかし
嘆けども せむすべ知らに 恋ふれども 逢ふよしを無み
大鳥の 羽易ハガヒの山に あが恋ふる 妹はいますと
人のいへば 石根イハネさくみて なづみ来し よけくもなきそ
うつせみと 思ひし妹が 玉かぎる ほのかにだにも 見えなく思へば
柿本人麿・巻二 − 二一〇
「その女性は自分が、門前の堤の槻ツキの木の茂る春の葉程も、幸せを願った人だった。
しかし彼女は、世の定めに背くことも出来ず、陽炎カゲロウの燃える荒野に、白い美しい布
で身を隠して、鳥のように朝立って行き、入日のように隠れてしまった・・・・・・」。
ところで、軽の里、竜王山の麓、そして羽易の山と、また妻が出てきました。一体何
人妻がいたのでしょうか − などの詮索は必ずしも必要ではありません。人麿は詩人で
あり、詩は必ずしも事実を写すものとは決まっていないからです。確実に云えることは、
人麿を襲った「芸術上の女神達(ミューズ)」の体験が、これらの挽歌の底にあることで
す。それにしても「かぎろひもゆる荒野」を白鳥のように飛び去ったとは、何とも美し
い死の表現でありましょうか。昔から羽衣を纏って水浴する女身はよく白鳥に例えられ
ました。また天上へ翔る魂も白鳥に例えられました。更に荒野の「荒」に「離アル」の意
を篭めた「神の不在の荒野」と云う発想は、如何にも人麿に相応しい。
嘆きのどん底に沈んだ自分は、人の云う侭に大鳥の羽易の山へ、恋しい女性を求めて
登って行く − この「人」とは、『日本書紀』の泉道守人ヨモツミチモリヒトのような、生者と死
者を媒介している架空の人と考えるべきでしょう。
羽易の山とは何処のことでしょうか。
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