100 「女の一生」
○朝宿髪アサネガミ 吾ワレは梳ケヅらじ 愛ウツクしく
君が手枕タマクラ ふれてしものを
作者未詳・巻十一 − 二五七八
「朝、私は髪を櫛で解きたくない。愛イトしいあなたの手枕がふれていたのだもの」。
いじらしい程美しい世界が此処にはありました。万葉に見る限り、古代女性が一向に詠
い上げたのは愛の歌でした。
たらちねの 母が手放れ かくばかり
すべなき事は いまだ為セなくに
柿本人麿歌集・巻十一 − 二三六八
戸令コリョウに拠りますと、当時男十五歳、女十三歳で結婚が許されました。「母の手を
離れてこんなに、どうしてよいか分からないことに出合ったことはありません」と云う
初恋の歌です。愛を知ることは、母から放れることでした。そして「こんなに恋してい
ると、死にそうですから母に話しました。もう何時でも通って来て下さい」と、彼女は
詠います。
かくのみし 恋ひば死ぬべみ たらちねの
母にも告げつ 止ヤまず通はせ
作者未詳・巻十一 − 二五七〇
梓弓 引きみ弛へみ 来コずは来ず
来ばこそをなぞ 来ずは来ばそを
作者未詳・巻十一 − 二六四〇
「あなたの心を梓弓のように、引いたり弛めたりしてみるのだけど、来ないのなら来
ないでいいの、来るのならいらっしゃい」と恋の技巧の歌です。
やがて、男も女も恋の年月が流れて行きます。妻となり、母となりますと、また別の
悲哀がありました。
飯イヒ喫ハめど 甘アマくもあらず 寝イぬれども 安くもあらず
茜アカネさす 君が情ココロし 忘れかねつも
作者未詳・巻十六 − 三八五七
ある官人の妻が、宿直で留守の多い夫を想って作った歌です。
丈夫マスラヲは 友の騒きに なぐさもる
心もあるらむ われこそ苦しき
作者未詳・巻十一 − 二五七一
「男は友達と騒いで慰めることもありましょうが、そんなこともない私は苦しい」。
「かの人は、何処へも行くまいと安心して、割った竹の背を合わせるように背中合わ
せに寝たことが悔やまれる」は、夫に先立たれた女性の歌です。
わが背子を 何処行かめと さき竹の
背向ソガヒに宿ネしく 今し悔しも
作者未詳・巻七 − 一四一二
難波人 葦火たく屋の 煤スしてあれど
己が妻こそ 常トコめづらしき
作者未詳・巻十一 − 二五六一
「煤けていはいるけれど、自分の妻こそ、何時見てもいいものだ」。幸せそうな老女
の顔が其処にあります。万葉に見る女の一生です。
平城宮跡の発掘調査で土器の裏に、我・君・念の三文字を組み合わせた落書きが出て
来ました。「私も君も、愛し合っている」と云う意味でしょう。愛に生きた古代人の喜
びが窺えます。
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