099 「率川イサガワ百合祭ユリマツリ」
 
○はねかづら 今する妹を うら若き
 いざ率川イサガワの 音のさやけさ
                          作者未詳・巻七 − 一一一二
 
 「はねかずら(花かずら)を今付けたばかりの娘が、うら若いのでいざ誘って一夜過
ごそうと思う。その率川の音のさやけさよ」。
 春日山の前に、美しい円錐形の御蓋ミカサ山があります。正倉院の東大寺古図に云う「御
蓋山神地」を中心に、春日、御蓋山の神奈備川である能登川、吉城川、佐保川、率川な
どが、山を帯のように卷いて西へ流れます。
 
 大君オホキミの 御笠の山の 帯にせる
 細谷川の 音の清サヤけさ
                          作者未詳・巻七 − 一一〇二
 
 この歌は、その春日神奈備の禊ミソギの祭式から生まれました。神遊歌の爽やかで美し
い音律の世界から、水の音の清けさを移したものでした。この聖なる川の一つの率川の
辺ホトリは、『古事記』にも「春日之伊邪川宮」などとある処です。奈良市本子守町には率
川神社などがあり、百合祭で有名です。この祭は六月十七日、中殿の祭神イスズヒメ(
イスケヨリヒメ)に百合の花を供える行事で、三枝サイクサの祭とも呼ばれています。
 『古事記』に拠りますと、イスケヨリヒメは、三輪山のオホモノヌシとセヤタダラヒ
メとの神婚物語で知られますように神の子で、山百合の咲く三輪の清らかな狭井サイの泉
の辺に育ちました。求婚した神武帝は姫と泉の辺で一夜を過ごされたと云います。その
三輪では、四月に白百合の花などを奉る鎮花祭が行われますが、三輪と関係の深いこの
率川の祭にも、三輪山で摘んだ白百合の花が飾られます。巫女ミコの舞と云い、独特の供
えものと云い、真に清らかな花鎮めの祭です。「はねかづら今する妹」とは、成女する
ときに物忌みして山篭もりする宗教儀礼があり、躑躅ツツジや百合や菫スミレで作った花冠を
被ることを指します。乙女等はこのようにして神事に仕え、その後初めて紐を解いたの
です。見出の歌も長い序詞を使っていますが、成女祭式の印象と恋情と、率川の水の清
らかさを詠っています。うら若い恋人を初めて誘う夜の、月の光もあったでしょうか。
他の神奈備川の歌も序でに挙げます。
 
 佐保川の 清き河原に 鳴く千鳥
 かはずとふたつ 忘れかねつも
                          作者未詳・巻七 − 一一二三
 
 能登川の 水ミナ底さへに 光テるまでに
 三笠の山は 咲きにけるかも
                             同・巻十 − 一八六一
 
 吾妹子に 衣かすがの 宜寸ヨシキ川
 よしもあらぬか 妹が目を見む
                            同・巻十二 − 三〇一一
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