094 「かきつばた」
○かきつばた 咲き沢に生ふる 菅の根の
絶ゆとや君が 見えぬこのころ
作者未詳・巻十二 − 三〇五二
「杜若カキツバタが咲く、佐紀沢の菅スゲの根のように、二人の間が絶えたと云うのでしょ
うか。あなたのお見えにならない、この頃です」。
杜若咲き、は佐紀沢にかけてあるようですが、原文は「開沢」となっています。他に
「咲野」も同じように使われていますが、万葉の頃「開」「咲」のキと、「佐紀」のキ
は、発音が違っていたと云われます。上代特殊仮名遣いの「紀」は「ウ」と発音する口
をして「キ」と言う、そのような音であったらしい。ですから、これらの歌は佐紀とは
関係ないとの説もあるようです。
をみなへし 佐紀野に生ふる 白つつじ
知らぬこともち いはれしわが背
作者未詳・巻十 − 一九〇五
「白躑躅ツツジではないが、二人の知らないことで噂を立てられたあなたよ」。
をみなへし 咲き沢に生オふる 花かつみ
かつても知らぬ 恋もするかも
中臣女郎・巻四 − 六七五
「花勝見ハナカツミ」は花菖蒲ハナショウブの一種と云います。若き日の大伴家持に贈った恋の
歌です。女郎花オミナエシ咲く、を佐紀沢にかけ、そこに咲く花勝見から「かつても・・・・・・」
と導きます。また、見出に掲げた歌では、其処に生ふる菅の根を絶ゆ、に導く技巧的な
二重の序詞ですが、要するに「かつて一度も知らない程激しい恋に、私の心は燃えてい
ます」。
かきつばた 丹づらふ君を いささめに
思ひ出でつつ 嘆きつるかも
作者未詳・巻十一 − 二五二一
「杜若の花の色のように頬を染める貴方をゆくりなく思い出して、私は嘆きました」。
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