086 「菜摘ナツミ」
○吉野なる 夏実ナツミの河の 川淀カハヨドに
鴨そ鳴くなる 山陰カゲにして
湯原王・巻三 − 三七五
吉野町菜摘は、三方を取り囲むように川が流れ、出口は山に塞がれています。
この辺りは古くから山菜を摘み、宮中へ献上していましたので、この名の起こりとも
云います。道端に華篭宮ハナカゴノミヤと呼ばれる小さな祠ホコラが、苔生した岩に抱かれていま
す。
「吉野山の子守さんで、水分ミクマリとも云いますが、この神様には十二人の娘御がおし
ての。その末っ子のお方が、此処で花篭を編んで花を盛り、吉野へ届けておられたと聞
いております」。
古い吉野の里の糸車の音を聞くような想いがします。そのような話が、如何にも似つ
かわしい山里です。志貴皇子の子の湯原王も、感傷を篭めて菜摘の川を詠いました。此
処には山峡の澄んだ空間感覚があります。確かにこの里は、午前も午後も澄んだ山陰が
落ちているのです。「山陰にして」と云う結句の新しい技巧が生きています。
大海人皇子も九郎義経も、共に政権を巡って兄に追われ、この吉野に傷心の身を顰ヒソ
めたのです。また歴代の天皇も万葉歌人等を連れ、度々離宮に遊ばれたと云います。
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