085 「国栖クズの里」
 
○国栖クニスらが 春菜ハルナ採ツむらむ 司馬シマの野の
 しばしば君を 思ふこのころ
                          作者未詳・巻十 − 一九一九
 
 吉野川の上流、かつての国栖クズ村はせせらぎの音と、石垣の農家が佇んで動きませ
ん。「国栖の人達が春菜を摘むと云う司馬野のように、しばしばあなたを想うこの頃で
す」。彼の人が想われてならないと云う素朴な表現をするために、国栖の人達が菜を摘
む司馬野、と云う長い序が付きました。この地は自然の味覚がそれ程豊富であったので
しょう。鮎、栗、茸など自然の恵みは、その都度宮廷に届けられていたのです。
 「明治以前と少しも変わっていない」と昭和六年、谷崎潤一郎は小説『吉野葛』でこ
の地を描いています。
 『日本書紀』に「国栖の人は淳朴で常に木の実を食べ蛙を上味とする」とあり、「国
栖の舞い」と云って、土地の人は口で手をポンポン叩きながら仰いで笑った、とありま
す。古来国栖の人々は大嘗の祭に横臼で造った酒を宮廷へ献上した後、この国栖舞クズマイ
を奉納しましたが、その伝統は民俗芸能国栖奏クズソウとして伝わっています。
 
 吉野の紙漉きは、、漆ウルシを漉す紙、紅茶漉しの紙、油を漉す紙や、淡い緑の藻染、栗
染、桜染などいろいろあります。国栖の山里の深い軒には、白い楮コウゾが干しています。
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