084 「丹生ニフ」
○斧ヲノを取りて 丹生の檜山ヒヤマの 木伐コり来て 筏イカダに作り
二楫マカヂ貫ヌき 磯イソ漕ぎ廻ミつつ 島伝ヅタひ
見れども飽かず み吉野の 滝もとどろに 落つる白波
作者未詳・巻十三 − 三二三二
吉野川のずっと上流の、日裏川が滝となって注ぐ辺りは如何にも粋の女神の坐ます聖
域に相応しく、此処に聖なる古代があった、との実感が湧いて来ます。此処丹生川上社
には更に上社、下社があり、上社は吉野川沿い、下社は吉野町の山中にあって雨乞いで
有名です。雨の豊かな、わが国においても有数の森林地帯です。「斧を取り、丹生の檜
山を伐キり出して、筏に組み、その両側に櫓を付けて、岩を巡って漕ぎ下り、島を伝い、
幾ら見ても飽きないことだ。み吉野を轟かせて落ちる白波は」。
み吉野の 滝もとどろに 落つる白波
留りにし 妹に見せまく欲しき白波
作者未詳・巻十三 − 三二三三
「どうどうと落ちる、その白波の美しさよ。都に留まっているあの妹にも、見せたい
と思う白波の美しさよ」。
川原の大きな岩に腰を下ろし、東の滝の響きに耳を傾けますと、涼やかな河鹿カジカの
声も聞こえ、楓カエデの新緑が眩マブしいばかりです。
「丹生」と云う地名は大体が山奥で、壬生ミブなどと同じく水源の意味らしい。古くは
乳母のことも乳部ミブと呼んでいます。何れも神聖な液体の源と云うことでしょうか、丹
生川上神社のご祭神は、罔象女ミズハノメと云う女神です。
いま一つの地名として、丹生は赤土、つまり辰砂であり、水銀の産地との説がありま
す。例えば『古事記』の神武記に次のような伝説があります。
天皇が東征の途中、吉野川を遡って行かれますと、尻尾シッポのある人が泉から出て来
ました。その人はこの国の神、井氷鹿イヒカで、吉野人の祖先と云います。さてその泉の底
が光っていたと云いますが、これは恐らく水銀でしょう。『日本書紀』の神武記も、興
味深い話を伝えています。大和の国を平定するため、盗ませた天の香具山の赤土で祭器
を作り、勝利を祈る呪文を唱えながら、丹生の川上で飴を煉ったと云います。すると「
これを丹生の川に沈めよ。もし魚が酔って浮かび、木の葉のように流れるなら、大和の
国を平定出来よう」と云うお告げがありました。果たして魚が浮きましたが、これも水
銀中毒らしい。
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