074 「磐瀬イワセの森」
 
○神名備の 伊波瀬イハセの森の 呼子鳥
 いたくな鳴きそ 吾が恋まさる
                           鏡王女・巻八 − 一四一九
 
 森や山は、時の流れに関わりなく、神秘と神聖を醸し出しています。磐瀬の森もその
ような森の一つでした。聖なる水の響きもあったでしょう。静まり返ったもり、突然、
鳥の鳴き声が上がります。呼子鳥が一斉に鳴き始めます。「神名火の磐瀬の森の呼子鳥
よ、そんなに激しく鳴かないでおくれ。わたしの恋心が一層募るから」。恋する女の心
は、耐えられない程、打ち震えているのでしょう。古調、幽深の品格がこの歌にはあり
ます。
 
 尋常ヨノツネに 聞けば苦しき 呼子鳥
 声なつかしき 時にはなりぬ
                        大伴坂上郎女・巻八 − 一四四七
 
 「平生、聞くのは苦しい呼子鳥であるが、その声を懐かしく感じる春になった」。ど
うも呼子鳥の声は女性の心には切ない響きを与えたらしい。男性にはどうでしょう。
 
 神名火の 磐瀬の森の 霍公鳥ホトトギス
 毛無ナラシの丘ヲカに 何時イツか来鳴かむ
                          志貴皇子・巻八 − 一四六六
 
 磐瀬の森は、生駒郡斑鳩町竜田の西南の車瀬の森と、同郡三郷町立野高山の上方の三
室山の何処か(竜田本宮の西方)と云う説などがあり、はっきりしませんが、後者の方
が正しいようです。川に沿った岩の多い処でしょう。竜田路を歩きながら三室山をさま
よいますと、其処には”磐瀬の杜”と書いた石碑が建っています。
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