072 「斑鳩イカルガの里」
 
○斑鳩の 因可ヨルカの池の 宜しくも
 君を言はねば 思ひそあがする
                         作者未詳・巻十三 − 三〇二〇
 
 今の斑鳩の里は菜の花、蓮華、桃の花盛りです。
 斑鳩は飛鳥、奈良時代の文化の聖地として知られています。法隆寺はその聖地の中心
に腰を据え、斑鳩の里を支配しています。斑鳩ばかりでなく、大和を、わが国の歴史を
がっしりと鷲掴みにしています。超一流の古寺、世界最古の木造建築、わが国の古美術
等々、法隆寺の代名詞は決して過剰な表現ではありません。
 法起寺、法輪寺、中宮寺、慈光院、稗田阿礼が住んでいたと云う稗田、大和の国府の
あった跡の今国府、聖徳太子の熊凝精舎の跡の額田部などを周辺に擁している姿は、そ
のように呼ばれるに相応しい。
 
 聖徳太子の時代は未だ律令国家ではありませんでしたが、太子は早くからそれを予感
していました。遣隋使の派遣、国史の編修、蘇我氏の横暴に対抗するための国家的統一、
そして仏教を根底とする立法への志がありました。
 「世間の人があなたのことをよく云わないので、私はもの思いに耽っております」。
 素朴な万葉人の間でも噂や中傷は、今と変わらなかったようです。
 
 汝ナをと吾アを 人そ離サくなる いで吾君アガキミ
 人の中言ナカゴト 聞きこすなゆめ
                         大伴坂上郎女・巻四 − 六六〇
 
 「あなたとわたしとの間を人が裂いていると云う噂です。どうぞ、あなただけは人の
中傷など決してお聞きになりませんように」。
 斑鳩の飛び交う平和境にも、人間の妬ネタみは不気味に渦巻いていたのでしょう。その
ために、恋をしていた感じやすい男女の心は怯オビえ、震えたに違いありません。大伴安
麻呂の娘で穂積皇子(天武天皇の皇子)の愛も得た才色兼備の郎女でさえこのようであ
ったのです。
 
 斑鳩が地名として『万葉集』に登場するのは、何故かこの一首だけです。
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