057 「さわらび」
○石イハ激バシる 垂水タルミの上の さ蕨ワラビの
萌モえ出づる春に なりにけるかも
志貴皇子・巻八 − 一四一八
春になると、決まってこの歌を思い出します。きらきらと光る水飛沫ミズシブキや、水に
濡れて色鮮やかな蕨ワラビの芽が、ありありと見えるような気がします。岩の上を迸ホトバシ
り落ちる水の音・・・・・・、この歌は常識的には、万葉調の代表的な一首とも云われていま
す。
この歌は巻八の巻頭歌で、「よろこびの御歌」とあります。春を迎えた喜びが基調に
なっており、それに「石ばしる垂水」の水は、長命の薬とも考えられていました。
命をし 幸サキくよけむと 石ばしる
垂水の水を むすびて飲みつ
作者未詳・巻七 − 一一四二
「垂水」とは滝のこと、「ゆたかな命を願って、滝の水を手にむすんで飲んだ」と云
うのです。ところがこの歌は、「摂津にて作る」として分類された歌の中に入っており、
巻七の編者は「垂水」を地名と見たのでしょう。そうしますと、吹田市垂水の垂水神社
の付近で詠んだと云う説が有力になります。そして「さわらび」の歌も、これに神戸市
垂水区などが加わって、地名説は賑やかです。
志貴皇子は天智天皇の第七皇子で、その宮は奈良高円山麓の白毫寺辺りにあったと云
います。そうしますと矢張り「垂水」は、春日山から流れ出る能登川か吉城川か、率イサ
川の小さな滝と解釈しておいた方が良いような気もしてきます。
特に蕨は、如何にも春の象徴見たいなものです。地面を割って、炎のよう芽がチョロ
チョロと顔をだすので、「割火ワラビ」と云うのでしょうか???、また顔を割るのが「
わらい」???
石走る 垂水の水の はしきやし
君に恋ふらく わが心から
作者未詳・巻十二 − 三〇二五
「はしきやし」は愛イトしく、心惹かれる感じを云います。
なお志貴皇子の墓は、高円山の東南の閑静な田原にあり、茶畑に囲まれた静かな佇ま
いです。
[次へ進む] [バック]