050 「馬酔木アシビ」
 
○三諸ミモロは 人の守モる山
 本辺モトヘは 馬酔木アシビ花咲き 末辺は 椿ツバキ花咲く 
 うらぐはし 山そ 泣く児守る山
                         作者未詳・巻十三 − 三二二二
 
 馬酔木アシビは、奈良の花を代表する花の一つです。古くは大和地方一帯に群生してい
たらしい。「三諸」とは三輪山とか、甘橿丘とか、いろいろに考えられています。『万
葉集』では、飛鳥や吉野などの馬酔木が広く詠まれていますが、現在では春日野辺りで
しかこの白い花をみかけることは、殆ど出来なくなりました。
 「三諸は人が大切に守る山。麓には馬酔木の花が咲き、頂き辺りには椿の花が咲く。
誠に美しい山だなあ、泣く子も見守って泣き止む三諸の山は・・・・・・」。
 この歌は山褒めの歌であると同時に、古代の子守歌であったのではないかとの説もあ
ります。素朴で親しみやすい馬酔木の花が咲く山、それに椿も童心を唆ソソる木です。
 しかし、この最終句「泣く児守る山」を、泣く子の気持ちを鎮めるように気を遣って
大切にしている山、との意味に採る説もあります。
 泣く子が、山の森の馬酔木や椿を見て泣き止む、この山にはそうした花や青葉の生命
力に満ちていて子供の魂が鎮まる、歌にそんな意味が篭められています。子守歌説にも
捨て難い魅力がありますが、何れにしろ古い民謡から出た歌でしょう。
 
 馬酔木の葉には「アセボトキシン」と云う毒素があり、馬や牛が食べると足が痺シビれ
ると云うところから「あしび」と呼び、「馬酔木」と書くようになったようです。地元
では「あせぼ」と読んでおり、「あせび」「あしみ」「あせみ」など、いろいろな呼び
名があります。奈良公園の鹿も、馬酔木は敬遠し、お陰で三〜四月に鈴蘭に似た花が咲
き続けています。
 春日大社の二ノ鳥居から南へ入りますと、新薬師寺の方へと「ささやきの小道」が延
び、馬酔木に覆われた緑の隧道に白い花が鈴なりに震えています。派手ではありません
が、何かしみじみとした趣のある花です。
 将来を期待されながら二十四歳の若さで散った大津皇子の悲劇的な最期と、その姉大
来皇女の嘆きは前に触れましたが、馬酔木の花を見て、ただ一人残された大来皇女は嗚
咽しました。一体、誰にこの花を見せればよいのでしょうか。
 
 磯のうへに 生ふる馬酔木を 手折らめど
 見すべき君が ありとは言はなくに
                                巻二 − 一六六
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