040 「野火の恋」
○冬こもり 春の大野を 焼く人は
焼き足らねかも あが情ココロ焼く
作者未詳・巻七 − 一三三六
早春、奈良公園内の飛火野を焼く野火の白い煙が春日大社の森に流れ、炎が冬枯れの
野を舐めるように走りました。黒い斑模様が見る見る広がって行きます。
此処は昔、平城宮と連絡を執るための、狼煙ノロシ台であったとの説もあります。それが
「飛火野」の名の起こりと云います。さぞかし火が飛び交ったことでしょう。今は春先
の野火が燃えるだけです。
「春の大野を焼く人は、枯草だけでは焼き足りないのでしょうか、私の心にまで火を
点ける・・・・・・」。
春は生命力が蘇る季節で、自然の草も木も青々と芽を吹き、花を着け、人は恋に身を
任せます。少なくとも古代の人々は、そう感じていたらしい。ですから野火は、冬の間
に生命力を貯えた自然が、春を想って身を焦がしている − とも見えます。
それにしても、この歌の表現はなかなか洒落ています。恐らく当時の新知識であった
大陸文化の影響があるのでしょう。日本人の心が古くから捉えていた実感を、新しい器
に盛って見せた、と云うところでしょう。もっと素朴に野火を詠ったものとしては、こ
んな東歌があり、古くから民謡のように歌い継がれていたと考えられます。
おもしろき 野をばな焼きそ 古草に
新草まじり 生ひは生ふるがに
作者未詳・巻十四 − 三四五二
草叢の恋、とでも云いましょうか、自然と人間が一体となって春を歌う、素朴で大ら
かな恋、「どうかこの草むらは焼かないで・・・・・・」。
さねさし 相模の小野に 燃ゆる火の
火中ホナカに立ちて 問ひし君はも
『古事記』
この歌は倭建命ヤマトタケルノミコトの妃の弟橘媛オトタチバナヒメの歌として知られていますが、これ
も野火の恋の民謡を採り入れたに違いありません。
平安中期の『伊勢物語』にも似たような恋歌が納められています。第十二段 − 昔、
ある男が美しい娘を盗んで武蔵野へ連れて行きましたが、役人に見付かってしまいまし
た。通りかかった人も「この野は泥棒の臭いがする」とばかり火を点けようとします。
慌てた娘は歌いました。
武蔵野は けふはな焼きそ 若草の
つまもこもれり 我もこもれり
遂に二人共捕まり、引かれて行ったと云います。歌が出来てから、物語をこじつけた
ようです。
[次へ進む] [バック]