027 「望郷」
○沫雪アワユキの ほどろほどろに 降りしけば
平城ナラの京ミヤコし 思ほゆるかも
大伴旅人・巻八 − 一六三九
灰色の空から落ちて来る雪は、一体どれだけ降ったら気が済むのだろうかと思う程、
後から後から降って来ます。醜い物も全て覆い隠して仕舞います。銀世界は何処も同じ、
降って来る雪とは逆に、それを見つめる人の想いはどんどん遡って・・・・・・。太宰府長官
大伴旅人は奈良の都を想い浮かべました。それは単なる美しい思い出ではなく、都を
離れ、遠い九州の太宰府に赴いた老年の貴族の寂しい胸中を吐き出したものでした。「
物に触れれば直ぐにも解けてしまいそうな雪だが、あとからあとから降って来て、あた
り一面をおおうと、むかし住んだ奈良の都のことが思われる」。ほどろほどろと云いま
すと、何か重量感のある雪がしきりに降っている感じですが、消えやすい柔らかい感じ
の雪が勢い付いて降ると云うことらしい。
旅人は既に六十歳を越えていました。九州は中国に近く、当時は先進的な地方でした。
遣唐使を送り出し、唐からの使いを迎えると共に、国防の意味からも重要な地点なので
す。其処の長官と云いますと重要に職務でした。そんな地位にありながら旅人に執って
は矢張り都は懐かしかった。
この歌は、いわゆる機会詩です。他人に命じられて作った歌でもなければ、儀礼的な
歌でもありません。個人が折りに触れて自分の感情を述べたものです。現在では歌を作
ると云いますと、これが当たり前ですが、当時では未だ新しい感じです。雪を見て都を
想うと云うことには必然的な結び付きはありません。これは全く個人的な連想です。一
つの型に嵌ハまった発想ではありません。そうしたものに捕らわれず、自由に自分の気持
ちを表したところは、現代の人々の気持ちにも十分に通じるものがあります。雪の盛ん
に降る有様を見て、絢爛たる奈良の都を想った旅人の気持ちはどんなものであったでし
ょうか。夢のように唆ソソる塔の幻か、美しい女官等の面影か、懐かしい佐保路の思い出
か。新勢力の藤原氏に押されて政治の中心から外れてしまった名門貴族の興亡、それは
もう奈良の都に帰ることもないかも知れない − 。
わが盛サカリ また変若ヲチめやも ほとほとに
寧楽ナラの京ミヤコを 見ずかなりなむ
巻三 − 三三一
「私の若いころはもう戻ってこない。花やかな奈良の都を再び見ることもなく終わっ
てしまうのだろうか」。
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