003 国 見
 
                  国 見
 
                     参考:朝日新聞社編「万葉カメラ散歩」
 
《冬より春へ》
 
003 「国見」
 
○大和には 群山ムラヤマあれど
 とりよろふ 天アメの香具山カグヤマ 登り立ち
 国見クニミをすれば 国原クニハラは 煙立ち立つ
 海原は 鴎カマメ立ち立ち
 うまし国そ 蜻蛉島アキヅシマ 大和の国は
                           舒明ジョメイ天皇・巻一 − 二
 
 この歌の大意は「大和には多くの山々があるが、中でも、素晴らしい天の香具山に登
って国見をすると、平野には煙が立ち、海原には鴎カモメが飛んでいる。大和の国はよい国
だ」と云うものです。
 長閑ノドカな田園風景に惹ヒかれて香具山(現在の地名)に登り、舒明天皇の国見の気分
を味わいたくなります。
 古くは天皇が新春に小高い処に登られて、その年の収穫の豊かなことを願ったのが国
見でした。現代よりももっともっと自然に依存する割合の大きかった時代においては、
超自然的な力に頼るためには欠くことの出来ない行事であったに違いありません。この
歌は天皇の詠まれた歌と云う形を執っていますが、その背後には生活を賭けた人々の切
実な願いが秘められています。同じような歌は『古事記』にも見られます。
 
 倭ヤマトは くにのまほろば たたなづく青垣
 山ごもれる 大和し美ウルワし
 
 小高い処に登れば一目で見渡せる国と云うものは、古代ギリシャのポリスと相通じる
ものがあります。いわば視界に入り、歩いて一日で行ける。其処が古代の国であったの
です。小規模なだけに、自分等の国と云う親しみも強かったのでしょう。現代のように
地図を拡げて国の形を知り、極一部分しか実際には知らない国の捉え方とは、自ずから
違うものがあった筈です。
 
 さて歌の中の海原とは何でしょう。鴎が飛んでいたとは・・・・・・香具山の北西にあった
埴安ハニヤスの池とか、川の合流点を中心とした湿地帯だとかする説が強い。鴎とまでは行
かなくても水鳥は飛んでいたのでしょう。千数百年の歳月は、この風景を跡形もなくし
てしまいました。自然が時間をかけて変えた地形を、今は短時間のうちに変えてしまう
時代の波が押し寄せて来ています。
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